私を離さないでⅡ
〈あなた達は普通(ふつう)の人間ではありません〉
私は自分が普通の人間ではないことを知り…
〈生まれながらにして、果たさなければならないある使命を負って(おう)います。それは提供(ていきょう)という使命(しめい)です。〉
私達はそのために生まれてきたのだから、使命を全う(まっとう)させるのは当たり前の仕事だ。例えそれが私の全てだった男だろうと、例えそれが私から全てを奪った女だろうと、同じことだ。最後は始末(しまつ)するだけだ。
美和:お久しぶり、恭子。
恭子:美和。
美和:来てくれると思ってた。
恭子:離して…
美和:前の提供がレバー(liver)でさ、それから貧血(ひんけつ)がすごくって…
恭子:そう…
美和:嬉しいんだって。私、介抱人(かいほうにん)のリクエスト(request)恭子で出してたの、受けてくれだから。それ何?
恭子:大したもんじゃない。
美和:覚えててくれたんだ?私がプリン好きだったの。
恭子:データに書いてあったから。
美和:冷やして食べたいから、ちょっとしまってもらってもいい?
〈恭子:プレゼントってやつ?
友:これ見て、ここ…恭子。初めから恭子の名前が書いてあったんだよ。〉
美和:どうしたの?何かあった?
恭子:別に。
美和:これ…開けて。ねえ、あれ…誰が犯人(はんにん)だったと思う?
恭子:あれって?
美和:森の殺人鬼(さつじんき)事件、20年前の。あれ、覚えてない?4年の時の。
恭子:この女は一体(いったい)…何がしたいんだろう?私をからかって遊び(あそび)たいんだろうか。
美和:恭子が頑張(がんば)ってくれた展示会(てんじかい)のあとの…
恭子:それとも、どこかおかしくなっているんだろうが。
美和:犯人、誰だと思う。
恭子:それとも、私に今すぐこの場で殺されたいんだろうか。
三村:でも、要するに、人に自分の体の中身(なかみ)をやれってことだろう?俺らがなんでやんなきゃいけないんだ?
美和:それは、そういうふうに生まれつき決まってるからでしょう?
友:だから何でそう決まってんだよ!
美和:天使として生まれついてるからだって。
竜子:あんなことを、毎年(まいとし)やってるんでしょうか?こちらの都合(つごう)で提供を強制(きょうせい)してるだけなのに。使命を持って生まれただの天使だの…あんな説明偽善(ぎぜん)にも程があります。良心(りょうしん)は痛まないんですか?
神川:痛みませんね。私は本当にそう思ってますから。我が身を裂いて、私達を救ってくれるんです。これを天使と呼ばずしてどうするんですか?あなたはそうは思われませんか?
竜子:分かりました。
神川:ご理解頂いて嬉しいです。
珠:提供ってさ、誰かの命を救えるってことでしょう?ちょっと痛いかもしれないけど、それって、すごくいいことなんだよね?死んじゃったり…しないのかな?心臓(しんぞう)取られちゃったり…
美和:まさか!そんなことしたら、私達が死んじゃうじゃない!誰かが生き延びても、私達が死んだりしたら、意味ないじゃない!ねっ、恭子、そうだよね。
恭子:いくら何でも、そんなにひどいことはないんじゃないかな。
珠:そうだよね。上げでも大丈夫な物を挙げるだけだよね?
内田:何かすっきりしねえんだよな。まぁーまだ先の話だし、今から考えてもさ…
友彦:イタッ…
三村:てめえ、何ぼーっとしてんだよ?
友彦:はあ…塀(へい)がね…塀の向こうって出られないのかな?
三村:塀の向こうには殺人鬼がいるんだぞ!
友彦:それ、ほんとにいるのかな?だってさ、先生達毎日森を通ってくる訳じゃない?
内田:そういやあ、そうだよな。
友彦:どうなってんだろ?塀の向こうって。
次郎:さあ、今日からいよいよ展示会に出す作品を作ります。君達の一年間の成果が試(ため)される時だ。
美和:今年のテーマは何ですか?
次郎:お気に入り、好きな物、大切な物、絵でも立体(りったい)でも何でもいい。作品は、君達の魂をさらけ出します!大切にしているものを通して、君達の魂を表現(ひょうげん)してください!
竜子:何か盛り上がってますね。
おばさん:ああ、展示会の作品制作が始まったからね。聞いてないのかい?先生のくせに。手伝って。みんなの作品並(なら)べてさ、マダムさんがその作品を選ぶんだよ、で、選ばれると、子供達がコインたんまりもらえるって寸法でさ…
竜子:マダムさんって…
おばさん:嫌だよ、いるだろ、ほら。たま~に学校(がっこう)に来る、こう、ビシーッとした…
竜子:あの人お名前は?
おばさん:それが、みんな知らないんだよ。だからみんな「マダムさん」って呼んでてさ。
竜子:あの…何者なんですか?
おばさん:どうもここの支援者か何かじゃないかって話なんだけど…はっきりしないんだよねえ…
竜子:何で秘密にしてるんですかね?
おばさん:まぁ…こういう所だからさ、色々ややこしいことがあるんだろ。
恭子:友、何やってんの?
友彦:別に、何?
友彦:あ…そうなんじゃない。
恭子:でもあの時、竜子先生何で怒ってたんだろ?友、どう思う?
友彦:どうって?
恭子:えっ?それが気になってたんじゃないの?だからボーッとしてたんじゃないの?
友彦:あッ、それはこれ!塀の向こうへ行けないかなあと思って。見てみたいじゃない、外がどうなってるか。「世界は広い」って竜子先生言ってたし。
恭子:殺人鬼に殺されてスッカラカンになって木に吊るされちゃうよ。これって…
友彦:どうかしたの?
恭子:何でもない。先生に見つかったら怒られるよ。
友彦:ここから出られないかなあ…
内田:ちょっと、どけ!どうやって出るんだよ?
友彦:痩せる。
内田:お前バカだろ?
三村:ほんとだよ。
竜子:なにやってんの―?
友彦:あの、実は…いいだろ、竜子先生は…
三村:先生は先生だろ?
竜子:君達、サッカーしない?
花:何にするか、考えた?展示会に出す作品。
美和:私、手にするから。だから、絶対同じのにしないでね。
次郎:見てるだけで幸せになるようないい絵だと思う。じゃあ次…三村。オッ、サッカー選手(せんしゅ)か?
三村:えっと…彼は「イタリアの至宝(しほう)」と呼ばれるフォワード(forward)で、ここ一番でゴールを決める勝負(しょうぶ)強さがすごい人なんです。
次郎:絵っはどうだ?みんな?
生徒1:生き生きしてる。
生徒2:動き出しそう。
内田:カッコイイ。すごい!
次郎:先生もこの動き出しそうな感じはすごいと思うぞ。でも…そんな人よく知ってたな。
三村:竜子先生に教えてもらいました。
次郎:へえ…そうか、わかった。じゃあ、次。酒井(さかい)。どうしてこれを?
美和:芸術を作り出す手は何より大切なものだからです。
次郎:うんッ、どうだみんな。
花:あッ、それ次郎先生の手?
美和:大正解!
次郎:酒井、やれば出来るじゃないか。いつもこうしてくれ―!
美和:ひどい!
次郎:土井(どい)!先生には作品があるようには見えないぞ。
友彦:だっておならが見えだらおかしいじゃないですか。今ちょっとしたんですけど、見えました?
次郎:ふざけるのにも程があるぞ!
現代アートだと思えばいいんじゃないですか?「本当に大切な物は目に見えない」サンテグジュペリも言ってますし。
次郎:でもな、現代アートとして成立をさせるのなら、「おなら」というタイトルボードがあるべきだ。それだけは作成したほうがいいと思うぞ。
次郎:サッカー選手を描くのは別段構わないんです。ですが問題は生徒たちがその経歴や国籍に触れてくることなんです。サッカー選手を知ることで、教えてないはずの社会という物を既に学(まな)んでいるといいますか、生徒達もそれに伴って反抗的(はんこうてき)になっています。教師の言いことは絶対ではないと思い始めてる節(ふし)もありますし。何であんな人をとったんですか。
神川:元々こういう所で教師をやろう何て人間自体(じたい)少ないですし、熱心(ねっしん)さでは群を脱いてましたから。展示会が終わったら、私から改めて話をしましょう。
竜子:世界には、裸足(はだし)でサッカーする子供達もいるんだぞ。
友彦:痛くないんですか?
竜子:うん、貧(まず)しくてね、靴が買えない子供達もいるから。
友彦:可哀想だな。
竜子:でもね。そうな中で、必死(ひっし)に頑張って、サッカー選手になったりね、そしたら、靴が買えるだけじゃなくて、よその国にも行けるし。それこそ、世界中どこにだって行けるようになるんだよ。
友彦:サッカー選手になると、よその国に行けるんだ?俺らも行ける?
三村:バッカ。俺らは、ほら、提供とかいうやつがあるんだぞ。
友彦:サッカー選手やりながら、提供したらいいんじゃないの?
三村:でも提供って痛くないか?
友彦:痛くでも、サッカーできるんだったら、我慢するよ。
竜子:提供の前に、行っちゃえば?いけないとは、限らないんじゃないかな?未来は、変えられるんだよ。変えなきゃいけないんだよ。そんなおかしな未来は…
美和:展覧会、選んでもらえるかな、私に。私、一回も選んでもらったことないんだよね。
恭子:大丈夫だよ。次郎先生だって褒めてたじゃない?
花:マダムさんって、笑うことあるのかな?
恭子:泣くことは、あるみたいだけど。
三村:みんな、講堂集っまてるからさ。楽勝(らくしょう)だったよ。
友彦:そっか、楽勝だったか!
内田:声、でけえよ。早くしょうぜ。じゃ、次俺な。
友彦:絶対持ってるから。
先生1:マダムさんはお帰りになられたから、入っていぞ!
花:恭子、すっごい。4年連続(れんぞく)じゃない?
珠:こういうのって、好みあるしね。
美和:黙ってて。
恭子:行こう。これだけあるんだもん。マダムさん見落としたかもしれないし。
美和:いいよ。
恭子:だって、私はこれ、すっごくいいと思うもん。
次郎:なにやってんだお前らは?マダムさんびくりなさってるじゃないか?
恭子:あの…見ていただきたいものがあって。もしかしたら、見落とされたんじゃないかって思って。私たち、これが一番だって思ってたんで。
マダムさん:見落としてたんかもしれません。
次郎:良かったな。お礼言って、
恭子:マダムさん、変じゃなかった?私達見て、驚いてたっていうか、怖がってたていうか。変だったよね?
美和:ただ、びくりしたんじゃないかな?
珠:そうだよ。いないと思ってたとこに、人いるとさ。びっくりするじゃない?
花:でもさ、マダムさんに作品持ってってもらえるなんて。すっごい。
恭子:それは、美和の作品がすっごいんだよ。
花:でも。恭子のお陰(かげ)じゃない?マダムさんにあんなにちゃんと意見(いけん)言えるなんて。私、絶対にできない。
珠:恭子でさ、ちっこいくせに、頼りになるよね。
美和:私ちょっと散歩(さんぽ)してくる。もう気分いいからさ。
恭子:じゃ、後でね。
次郎:校長、塀の所に…
恭子、これ挙げる。
恭子:何だ、おもちゃ?
マダムさん、今の恭子みたいな感じだったんじゃない?あの人は私たちがゴキブリみたいな感じで怖いのよ。
恭子:どういうこと?
ゴキブリって、実際(じっさい)大した害もないじゃない?なのに怖いでしょ?薄気味悪くて…
恭子:でも私達見た感じマダムさんと同じじゃない?
見た目だけはね。
三村:やっぱりいなかったんだな!殺人鬼なんて。
内田:本当だな。竜子先生の言ってたこと。世界って広いんだな。
三村:このまま戻らなかったら、提供しなくていいのかな?
神川:まったくもう。乗りなさい。
恭子:どうしたの?
友彦:あいつら、戻ってない?
先生:おーい、席につけ!急いで!時間ないぞ、みんな揃ってるか?
生徒1:三村君がいません。
生徒2:内田も。
先生:三村と内田は、怪我をしてな。どうした、土井?
恭子:土井君、怪我が心配なんだと思います。
先生:まぁー大丈夫だと思うけどな。では、終わりの会をやります。日直(にちちょく)、前に出て。
恭子:何かあったの?三村君と内田君と。
友彦:あいつら、塀の外、行けたんだよ。俺の時、梯子(はしご)が壊れちゃって、
恭子:じゃ、ケガって…
友彦:森で何かあったのかな?
恭子:先生大丈夫だって言ってたし。すぐ戻ってくるよ。
美和:どうしたの?
恭子:何でもない。
美和:何でもないって顔じゃないけど。
恭子:CDがなくなって。
美和:あの、友にもらったやつ?大変じゃない?恭子のCDがなくなったんだって。何の?
恭子:そんな大したもんじゃないから。
美和:ダメだよ、捜さなきゃ。もらったもんなんだから。どうな表紙(ひょうし)なの?特徴とか?
恭子:この間みなかったっけ?
美和:そんなの覚えてないよ。
恭子:女の人がタバコ吸ってて。
美和:いい?みんな、タバコの表紙だってことは絶対絶対秘密ね。先生が先に見つけないうちに探そう。
花:どこ行ったんだろうね?CD。誰かがとったってことなのかな?
美和:他探してみようよ。男子寮の方とか。
神川:今日は皆さんに、悲しいお知らせがあります。「怪我をして、病院に」と聞いた方もいらっしゃるかもしれませんが、実は、4年の三村君と内田君の行方(ゆくえ)がわかりません。
珠:広樹と聖人?
神川:二人は塀にはしごをかけ、森へ抜けたようです。現在(げんざい)、必死に捜索(そうさく)してもらっている状態(じょうたい)です。私達も全力を上げて捜索しますが、みんなさんもどうか二人の無事(ぶじ)を祈っていてください。
生徒:生きてるのかなあ。抜け出したって。自分たちから?
竜子:あの、どういうことなんですか?三村君と内田君いなくなったんですか?
次郎:そうみたいですね。
竜子:捜索って誘拐(ゆうかい)されたってことですか?
神川:子供の提供というものがある事を知っていますか?
竜子:聞いたことはありますけど。
神川:難病(なんびょう)を抱えた子供に対する提供はかなり強く望まれた分野(ぶんや)です。ある意味、大人に対するそれよりも強く。
竜子:出したってことですか?あの子達提供に出したんですか?
神川:ここにいる子供達はここを出た後も、少なくとも3年間は提供を免れる(まぬがれる)特権を持っています。それは何故(なぜ)だか、わかりますか?陽光の卒業生が知的で、従順(じゅうじゅん)で、自分の置かれた立場に理解があり、よい介抱人(かいほうにん)提供者になるという実績(じっせき)があるからです。あなたが理想とされているような自由(じゆう)で、大胆(だいたん)、制御(せいぎょ)の効かない子供達ばかりなったら、結果(けっか)はどうなると思いますか?脱走(だっそう)を当たり前思い、提供に抵抗(ていこう)する。そんなことになったら、どうなると思いますか?答えなさい!
竜子:陽光の特権はなくなり、ここにいる子供達の命が縮む(ちじむ)ことになります。
神川:正しくあることが良い結果を生む(うむ)とは、限らないんです。ここにいらっしゃるつもりなら、認識(にんしき)を改めてください。管理するということは、守りということです。
恭子:友、二人とも、きっと見つかるよ。
先生:みんな、下がって!下がれ!見ない!戻るぞ!戻ろう!
仕組まれてるって思わない?森の殺人鬼の話はこうやって作り出されてるんだって、騙されてるって思わない?私達は天使だなんて思われてなくて、体を移植(いしょく)するためだけに作られた。
恭子:竜子先生。先生は友にその…「私たちは本当のことを教えられてない」って言ったって。本当のことってなんですか?こないだ恵美子先生が言ってたことですか?それだけですか?
竜子:そうよ。恵美子先生の言うことが本当のこと。
「それは絶対に本当じゃないと、だけど、それが本当だと信じておけ、本当のことがあなたを幸せにするとは限らない。」あの時、竜子先生はそう言ってるように思えた。
美和:あの時さ、確か恭子のCD、なくなったよね。あれって、結局だれがやったんだろうね?
美和:恭子、プレゼント。開けてみて!同じのじゃないと思うんだけど。中等部(ちゅうとうぶ)の先輩(せんぱい)に頼んで売ってもらって。
珠:わざわざ売ってもらったの?
美和:だって、恭子の喜ぶ(よろこぶ)顔見たいし。
恭子:うん、こういうのだった。
珠:さっすが~美和って優しいんだね。
美和:何、知らなかったの?
花:すごいよね。私中等部なんて、声かけられないもん。何年生に頼んだの?
美和:秘密。
美和:あれ、取り戻したいと思わない?
〈何を考えているのか知らないが、この女は、とにかく「撮ったのは自分だ」と私に言わせたいんだろう。〉
恭子:やったのは、美和、私だよ。私がやったの。
〈何のつもりだか知らないけど。私は、もう二度と、あなたには操(あやつ)られない。失う(うしなう)ものなど、もう私には何もないけれど。〉