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平安时代

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呆毛她兒媳婦
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D.ear_233

【阴阳】邪妖猫又 12 (10)

*今天决定先码「猫又」,明天再更「错婚」


(十)亲吻 


忙完这一些,他们在外面溜达了一圈,见时间差不多了顺着来时的路回温泉街。


昨日夜间进行"新枕"仪式已结束,而今日是举行共食"三日饼"的仪式。


仪式刚刚开始,樱乃和龙马他们回来参加晚宴,他们放下请帖进场,会场里面以传统的婚乐声为背景,亲朋好友满座,所有人都面带笑容相谈甚欢。


会场最前面有一个高台,两位新人在高台的帷幕后面,正在进行繁杂传统的仪式,音乐一转,到了仪式高潮的‘露见’部分,帷幕拉开,新人顿时出现在众人的视线...

*今天决定先码「猫又」,明天再更「错婚」


(十)亲吻 

 

忙完这一些,他们在外面溜达了一圈,见时间差不多了顺着来时的路回温泉街。

 

昨日夜间进行"新枕"仪式已结束,而今日是举行共食"三日饼"的仪式。

 

仪式刚刚开始,樱乃和龙马他们回来参加晚宴,他们放下请帖进场,会场里面以传统的婚乐声为背景,亲朋好友满座,所有人都面带笑容相谈甚欢。

 

会场最前面有一个高台,两位新人在高台的帷幕后面,正在进行繁杂传统的仪式,音乐一转,到了仪式高潮的‘露见’部分,帷幕拉开,新人顿时出现在众人的视线里。

 

新人亮相,众人纷纷道贺祝福。

 

美织在高台上一眼就发现了龙马他的身影,立刻开心地摇手开心地打招呼。

 

深司脸一沉,他怎么也来了,昨夜‘新枕’仪式没见到人,还以为不来了。

 

美织下台率先来到龙马他们这张桌子,人们纷纷起来敬酒道贺,嘘寒一番之后,美织来到龙马的身边,故作神秘地凑到龙马的耳边,“龙马,我特意只留了一间房间给你和你师傅哦。”

 

上次龙马不是没进房间睡吗?这一次她再推一把,给他们独处的机会。

 

…………

 

龙马不由瞪大了眼睛惊在那里,脑海中闪过那挥之不去的梦,俊脸十分不争气地蹭蹭蹭爬上一抹绯红。

 

“好好加油!!!”美织拍了拍他肩膀走下一桌。

 

深司没有说话,努力保持微笑。

 

(呜……为什么亲爱的这么喜欢跟他咬耳朵。)

 

其实不单单是他,就连樱乃都有些意外,他们在说什么悄悄话?

 

除了他们,还有一直安静地在一旁看戏的杏和桃城,别看桃城一脸正经,其实心里已经乐开了花,回想起那天晚上,跟他一起在外面跪了一晚上的场景,嘿嘿,他想到怎么报复那小子了。

 

今晚在场的女子不少,桃城特意挑了一个容貌出众的女子,悄无声息地施展他得意的控心术对她进行催眠控制。

 

而另一边。

 

他们说什么连脸都红了!?

 

樱乃禁不住心里的好奇,凑到龙马的身边问,“龙马,美织悄悄地跟你说什么?”

 

温热的呼吸浅浅地落在耳边,本就心慌的龙马哪里经得住这样此时在他眼中是十分暧昧的行为,慌得连耳朵都红了,心砰砰直跳得厉害,没有回答问题迅速找借口离开,“我……我……突然想上茅厕。”

 

…………

 

樱乃秀眉微蹙,看着慌乱离开的人,难道是什么不能说的秘密!?

 

某人的离席给了桃城报复的机会,那名女子也悄无声息地离开座位,向龙马离开的方向走去,等待时机。

 

龙马并不是真的去茅厕,而是心慌意乱地躲在一个角落里。他已经不知道该如何‘心平气和’地和师傅相处,想到今晚还要和师傅一个房间,他更加地不知如何自处。

 

想了许久烦心之事依旧心烦,最后想到一个不算上策的上策,要不他今晚开溜吧!?

 

竟然心有决定,龙马心里踏实不少,不错,就该如此做,偷偷溜走就不用和师傅同房了。

 

“哎呀……”轻轻柔柔的女子声音。

 

刚回身,龙马没想到自己会撞到人,身为师傅教导要乐于助人的教训,他下意识地伸手拉住被自己撞倒的人,帮她稳住身形,还没来得及恢复正常的距离,只见这女子突然趴在他身上,声音暧昧地说,“亲爱的,原来你在这里。”

 

“那个,你认错人了。”龙马一惊连忙推开她,可这人就像八爪鱼一般怎么都推不开。

 

“没有认错,龙马哥哥你不认得我了吗?”女子脸上尽显媚态,双唇稳稳地落下。

 

这个吻太过于突然,龙马还没来得及反应,唇印已经落在了他的脸颊处。

 

他整个人都怔愣在那里,脸迅速地涨红,她竟然亲他!?她怎么可以突然亲他,师傅都只亲过他的额头和唇,脸都还没亲过呢,她竟然敢就这样亲下去!?

 

“亲爱的,我好想你。”女子的吻再次落下,这一次她的目标是唇瓣处。

 

还来!?

 

龙马心底的怒火蹭蹭蹭地涨起,生气极了,除了师傅谁都不能亲他。

 

此时的他哪里还管什么她是不是女子,什么乐不乐于助人,什么温不温柔对待,使劲生气地推开她,还没来得及骂人……

 

“龙马!?”樱乃呆呆地站在那里,有些不可置信。

 

龙马这一趟茅厕上了许久,见他这么久都不回来,又听桃城说可能身体不适,不免有些担心,所以才过来看看,没想到刚好撞到这一幕。

 

这女子喊他龙马哥哥!?亲爱的!?还亲他!?

 

“师傅!?”龙马惊呼。

 

樱乃抬眸看他,酒红色的眸瞳微微闪烁,只觉得他脸上那红色的唇印是何等的刺目,不想再看只能转身离开。

 

遭了,师傅生气了。

 

龙马脑海中闪过的就是这几个大字,连忙追上去,“师傅,你听我解释,事情不是你想的那样。”

 

不知是龙马推的力气太大,还是她醉意上头,女子倒在地上在晕过去时还不忘喊一声,“亲爱的。”

 

这一幕,桃城透过这位女子的眼睛看现场直播,见事情成了,独自一人在那里嘿嘿地笑着,画本上都是这么演的,照搬果真成了。

 

坐在他旁边的小杏对他这笑容太过于熟悉,警告性地询问,“桃城武,你该不会又做什么坏事了吧!?”

 

“小杏,我已经大彻大悟痛改前非了,你怎么还这样看我,真是太伤我的心了。”桃城武装腔作势地捂脸抹眼泪。

 

“你也别装了,你这德行等真流眼泪再捂,被大家看到还以为我在欺负你。”小杏翻白眼。

 

“你不就是在欺负我?”桃城停顿半会,更加委屈地说,“你说我改好之后你就会嫁给我,现在我变好了,你又说想要在鬼……”

 

后面的话无疾而终,因为小杏的目光太过于犀利了,小杏心里无奈感叹,这是适合提鬼妖城的场合吗?她怎么挑了这么一个大傻子。

 

宴席在继续,离席的两人却没有回来,此时龙马正在开启寻人的模式,因为樱乃已经不见踪影。

錦紅葉

『大镜 』伊尹传部分(已标完汉字

#去年夏就应该做的事情,断断续续拖到现在(

#总之终于把假名对应的汉字标完了,眼花缭乱。实名感谢老师和学姐前辈,请教了很多

#以下,括号里的假名是原文。其实只要持有一本现代语版一切问题就都解决了,手动标汉字看起来是挺没意义的(别理我,主要只是方便自己看而已。而且之前是作为标汉字的练习素材(


一 太政大臣伊尹(これまさ)謙徳公(けんとくこう)


[八四] 伊尹短命のわけ 折々の和歌 過差を好む  


この大臣(おとど)は、一条摂政と申しき。これ、九条殿(くでうどの)の一男におはします。いみじき御集(ぎよしふ)つくりて、豊景(とよかげ)と名...

#去年夏就应该做的事情,断断续续拖到现在(

#总之终于把假名对应的汉字标完了,眼花缭乱。实名感谢老师和学姐前辈,请教了很多

#以下,括号里的假名是原文。其实只要持有一本现代语版一切问题就都解决了,手动标汉字看起来是挺没意义的(别理我,主要只是方便自己看而已。而且之前是作为标汉字的练习素材(


一 太政大臣伊尹(これまさ)謙徳公(けんとくこう)


[八四] 伊尹短命のわけ 折々の和歌 過差を好む  


この大臣(おとど)は、一条摂政と申しき。これ、九条殿(くでうどの)の一男におはします。いみじき御集(ぎよしふ)つくりて、豊景(とよかげ)と名のらせたまへり。大臣になり栄えたまひて三年。いと若くてうせおはしましたることは、九条殿の御遺言(ゆいごん)をたがへさせおはしましつる故(け)とぞ人申しける。されどいかでかは、さらでもおはしまさむ。御葬送(さうそう)の沙汰(さた)を、むげに略定(りやくぢやう)に書きおかせたまへりければ、「いかでか、いとさは」とて、例(れい)の作法(さはう)に行(おこなは)せたまふとぞ。それはことをりの御しわざぞかし。ただ、御かたち・身の才(ざえ)、何事もあまりすぐれさせたまへれば、御命のえととのはせたまはざりけるにこそ。 折々の御和歌などこそめでたく侍れな。春日(かすが)の使(つかひ)におはしまして、帰るさに、女のもとに遺(つか)はしける、 暮ればとくゆきて語らむ逢(あ)ふことはとをちの里の住み憂(う)かりしも 御返し、 逢ふことはとをちの里にほど経(へ)しも吉野の山と思ふなりけむ 助信(すけのぶ)の少将の、宇佐(うさ)の使にたたれしに、殿(との)にて、餞(うまのはなむけ)に「菊の花のうつろひたる」を題にて、別れの歌よませたまへる、 さは遠くうつろひぬとかきくの花折りて見るだに飽(あ)かぬ心を 帝(みかど)の御舅(をぢ)・東宮(とうぐう)の御祖父(おほぢ)にて摂政せさせたまへば、世の中はわが御心(みこころ)にかなはぬことなく、過差(くわさ)ことのほかに好ませたまひて、大饗(たいきやう)せさせたまふに、寝殿(しんでん)の裏板(うらいた)の壁の少し黒かりければ、にはかに御覧(ごらん)じつけて、陸奥紙(みちのくにがみ)をつぶと押させたまへりけるがなかなか白く清(きよ)げに侍りける。思ひよるべきことかはな。御家は今の世尊寺(せそんじ)ぞかし。御族(ぞう)の氏寺(うぢでら)にておかれたるを、かやうのついでには、立ち入りて見たまふれば、まだその紙の押されて侍るこそ、昔にあへる心地(ここち)してあはれに見たまふれ。かやうの御栄えを御覧じおきて、御年五十(いそじ)にだなたらでうさせたまへるあたらしさは、父大臣(おとど)にもおとらせたまはずこそ、世の人惜しみたてまつりしか。



[八五] 伊尹の子女火の宮尊子 三宝絵 


その御男(をとこ)・女君(をんなぎみ)たちあまたおはしましき。女君一人は、冷泉院の御寺の女御(にようご)にて、花山院の御母、贈(ぞう)皇后宮にならせたまひにき。次々の女君二人は、法住寺(ほふぢゆうじ)の大臣(おとど)の北の方にて、うちつづきうせさせたまひにき。九の君は、冷泉院の御皇子(みこ)の弾上(だんじやう)の宮(みや)と申す御上(うへ)にておはせしを、その宮うせたまひて後(のち)、尼(あま)にていみじう行ひつとめておはすめり。また、忠君(ただきみ)の兵衛督(ひやうゑのかみ)の北の方にておはせしが、後(のち)には、六条の左大臣殿の御子(みこ)の右大弁(うだいべん)の上にておはしけるは、四の君とこそは。 また、花山院の御妹(いもうと)の女一の宮はうせたまひにき。女二の宮は冷泉院の御時の斎宮(さいぐう)にたたせたまひて、円融院の御時の女御にまゐりたまへりしほどもなく、内(うち)の焼けにしかば、火(ひ)の宮(みや)と世の人つけたてまつりき。さて二三度まゐりたまひて後(のち)、ほどもなくうせたまひにき。この宮に御覧(ごらん)ぜさせむとて、三宝絵(さんぽうゑ)はつくれるなり。


[八六]前少将挙賢後少将義孝 義孝、極楽往生  


男君たちは、代明(よあきら)の親王(みこ)の御女(むすめ)の腹に、前少将挙賢(たかかた)・後少将義孝(よしたか)とて、花を折りたまひし君たちの、殿(との)うせたまひて、三年ばかりありて、天延(てんえん)二年甲戌(きのえいぬ)の年、皰瘡(もがさ)おこりたるに、煩(わづら)ひたまひて、前少将は、朝(あした)にうせ、後少将は、夕(ゆふべ)にかくれたまひにしぞかし。一日(ひとひ)がうちに、二人の子をうしなひたまへりし、母北の方の御心地(ここち)いかなりけむ、いとこそ悲しくうけたまはりしか。  

かの後少将は義孝とぞ聞えし。御かたちいとめでたくおはし、年頃(としごろ)きはめたる道心者(だうしんざ)にぞおはしける。病重くなるままに、生くべくもおぼえたまはざりければ、母上に申したまひけるやう、「おのれ死にはべりぬとも、とかく例(れい)のやうにせさせたまふな。しばし法華経(ほけきやう)誦(ず)じたてまつらむの本意(ほい)侍れば、かならず帰りまうで来(く)べし」とのたまひて、方便品(はうべんぼん)を読みたてまつりたまひてぞ、うせたまひける。その遺言(ゆいごん)を、母北の方忘れたまふべきにはあらねども、ものも覚えでおはしければ、思ふに人のしたてまつりてけるにや、枕(まくら)がへしなにやと、例のやうなる有様どもにしてければ、え帰りたまはずなりにけり。後(のち)に、母北の方の御夢に見えたまへる、 

しかばかり契りしものを渡り川かへるほどには忘るべしやは とぞよみたまひける、いかにくやしく思(おぼ)しけむな。  

さて後(のち)、ほど経(へ)て、賀縁(がえん)阿闍梨(あざり)と申す僧の夢に、この君たち二人おはしけるが、兄、前少将いたうもの思へるさまにて、この後少将は、いと心地(ここち)よげなるさまにておはしければ、阿闍梨、「君はなど心地よげにておはする。母上は、君をこそ、兄君よりはいみじう恋ひきこえたまふめれ」と聞えければ、いとあたはぬさまのけしきにて、   

しぐれとは蓮(はちす)の花ぞ散りまがふなにふるさとに袖(そで)濡(ぬ)らすらむ など、うちよみたまひける。さて後(のち)に、小野宮(をののみや)の実資(さねすけ)の大臣(おとど)の御夢に、おもしろき花のかげにおはしけるを、うつつにも語らひたまひし御中(なか)にて、「いかでかくは。いづくにか」とめづらしがり申したまひければ、その御いらへに、   


昔ハ契リキ、蓬莱宮(ほうらいきゆう)ノ裏(うち)ノ月ニ 

今ハ遊ブ、極楽界(ごくらくかい)ノ中(なか)ノ風ニ 


昔契蓬莱宮裏月 今遊極楽界中風 


とぞのたまひける。極楽に生れたまへるにぞあなる。かやうにも夢など示(しめ)いたまはずとも、この人の御往生(わうじやう)疑ひまうすべきならず。  

世の常(つね)の君達(きんだち)などのやうに、内(うち)わたりなどにて、おのづから女房(にようばう)と語らひ、はかなきことをだにのたまはせざりけるに、いかなる折にかありけむ、細殿(ほそどの)に立ち寄りたまへれば、例(れい)ならずめづらしう物語りきこえさせけるが、やうやう夜中などにもなりやしぬらむと思ふほどに、立ち退(の)きたまふを、いづかたへかとゆかしうて、人をつけたてまつりて見せければ、北(きた)の陣(ぢん)出でたまふほどより、法華経(ほけきやう)をいみじう尊く誦(ずん)じたまふ。大宮(おほみや)のぼりにおはして、世尊寺へおはしましつきぬ。なほ見ければ、東(ひんがし)の対(たい)の端(つま)なる紅梅(こうばい)のいみじく盛りに咲きたる下に立たせたまひて、「滅罪(めつざい)生善(しやうぜん)、往生(わうじやう)極楽(ごくらく)」といふ、額(ぬか)を西に向(む)きて、あまたたびつかせたまひけり。帰りて御有様語りければ、いといとあはれに聞きたてまつらぬ人なし。 この翁(おきな)もその頃大宮なる所に宿りて侍りしかば、御声にこそおどろきていといみじううけたまはりしか。起き出でて見たてまつりしかば、空は霞(かす)みわたりたるに月はいみじうあかくて、御直衣(なほし)のいと白きに、濃(こ)き指貫(さしぬき)に、よいほどに御くくりあげて、何色(なにいろ)にか、色ある御衣(おんぞ)どもの、ゆたちより多くこぼれ出でて侍りし御様体(やうだい)などよ。御顔の色、月影に映(は)えて、いと白く見えさせたまひしに、鬢茎(びんぐき)の掲焉(けちえん)にめでたくこそ、まことにおはしまししか。やがて見つぎ見つぎに御供(とも)にまゐりて、御額(ぬか)つかせたまひしも見たてまつりはべりにき。いとかなしうあはれにこそ侍りしか。御供(とも)には童(わらは)一人ぞさぶらふめりし。 また、殿上(てんじやう)の逍遥(せうえう)侍りし時さらなり、こと人はみな、こころごころに狩装束(かりしやうぞく)めでたうせられたりけるに、この殿(との)はいたう侍たれたまひて、白き御衣どもに、香染(かうぞめ)の御狩衣(かりぎぬ)、薄色(うすいろ)の御指貫(さしぬき)、いとはなやかならぬあはひにて、さし出でたまへりけるこそ、なかなかに心を尽(つ)くしたる人よりはいみじうおはしましけれ。常(つね)の御ことなれば、法華経、御口(くち)につぶやきて、紫檀(したん)の数珠(ずず)の、水精(すいせう)の装束(さうぞく)したる、ひき隠して持ちたまひける御用意などの、優(いう)にこそおはしましけれ。おほかた、一生(いつしやう)精進(さうじん)をはじめたまへる、まづありがたきことぞかし。なほなほ同じことのやうにおぼえはべれど、いみじう見たまへ聞きおきつることは、申さまほしう。

この殿は、御(おほん)かたちのありがたく、末の世にもさる人や出でおはしましがたからむとまでこそ見たまへしか。雪のいみじう降りたりし日、一条(いちでう)の左大臣殿にまゐらせたまひて、御前(おまへ)の梅の木に雪のいたう積(つも)りたるを折りて、うち振らせたまへりしかば、御上に、はらはらとかかりたりしが、御直衣(なほし)の裏の花なりければ、かへりていと斑(まだら)になりて侍りしに、もてはやされさせたまへりし御かたちこそ、いとめでたくおはしまししか。御兄の少将も、いとよくおはしましき。この弟殿(おととどの)はかくあまりにうるはしくおはせしをもどきて、すこし勇幹(ようかん)にあしき人にてぞおはせし。



[八八]蔵人頭の任官争い 朝成憤怒し悪霊となる 


おほかた昔は、前頭(さきのとう)の挙(きよ)によりて、後(のち)の頭はなることにて侍りしなり。されば、殿上(てんじやう)に、われなるべしなど、思ひたまへりける人は、今宵(こよひ)と聞きてまゐりたまへるに、いづこもととかにさしあひたまへりけるを、「誰(たれ)ぞ」と問ひたまひければ、御名のりしたまひて、「頭になしたびたれば、まゐりて侍るなり」とあるに、あさましとあきれてこそ、動きもせで立ちたまひたりけれ。げに思ひがけぬことなれば、道理なりや。   

この源民部卿かく申しなしたまへることを思(おぼ)し知りて、従二位の折かとよ、越えまうしたまひしかど、さらに上(かみ)に居(ゐ)たまはざりき。かの殿(との)出でたまふ日は、われ、病(やまひ)まうし、またともに出でたまふ日は、われ、病(やまひ)まうし、またともに出でたまふ日は、むかへ座(ざ)などにぞ居(ゐ)たまひし。さて民部卿正二位の折こそは、もとのやうに下臈(げらふ)になりたまひしか。  

おほかた、この御族(ぞう)の頭争(とうあらそ)ひに、敵(かたき)をつきたまへば、これもいかがおはすべからむ。みな人知ろしめしたることなれど、朝成(あさひら)の中納言と一条摂政と同じ折の殿上人(てんじやうびと)にて、品(しな)のほどこそ、一条殿とひとしからねど、身の才(ざえ)・人覚(ひとおぼ)え、やむごとなき人なりければ、頭になるべき次第(しだい)いたりたるに、またこの一条殿さらなり、道理の人にておはしけるを、この朝成の君申したまひけるやう、「殿(との)はならせたまはずとも、人わろく思ひ申すべきにあらず。後々(のちのち)にも御心(みこころ)にまかせさせたまへり。おのれは、このたびまかりはづれなば、いみじう辛(から)かるべきことにてなむ侍るべきを、このたび、申させたまはで侍りなむや」と申したまひければ、「ここにもさ思ふことなり。さらば申さじ」とのたまふを、いとうれしと思はれけるに、いかに思しなりにけることにか、やがて問ひごともなく、なりたまひにければ、かく謀(はか)りたまふべしやはと、いみじう心やましと思ひまうされけるに、御中(なか)よからぬやうにて過ぎたまふほどに、この一条院殿のつかまつり人とかやのために、なめきことしたうびたりけるを、「本意(ほい)なしなどばかりは思ふとも、いかに、ことにふれてわれなどをば、かくなめげにもてなしぞ」と、むつかりたまふと聞きて、「あやまたぬよしも申さむ」とて、まゐられたりけるに、はやうの人は、われより高き所にまうでては、「こなたへ」となきかぎりは、上(うへ)にものぼらで、下(しも)に立てることになむありけるを、これは六七月のいと暑くたへがたき頃、かくと申させて、今や今やと、中門(ちゆうもん)に立ちて待つほどに、西日(にしび)もさしかかりて暑くたへがたしとはおろかなり、心地(ここち)もそこなはれぬべきに、「はやう、この殿(との)は、われをあぶり殺さむと思(おぼ)すにこそありけれ。益(やく)なくもまゐりにけるかな」と思ふに、すべて悪心(あくしん)おこるとは、おろかなり。夜(よる)になるほどに、さてあるべきならねば、笏(しやく)をおさへて立ちければ、はたらと折れけるは。いかばかりの心をおこされにけるにか。さて家に帰りて、「この族(ぞう)ながく絶(た)たむ。もし男子(をのこご)も女子(をんなご)もありとも、はかばかしくてはあらせじ。あはれといふ人もあらば、それをも恨(うら)みむ」など誓ひて、うせたまひにければ、代々(だいだい)の御悪霊(あくりやう)とこそはなりたまひたれ。されば、まして、この殿(との)近くおはしませば、いとおそろし。殿の御夢に、南殿(なでん)の御後(うしろ)、かならず人のまゐるに通る所よな、そこに人の立ちたるを、誰(たれ)ぞと見れど、顔は戸の上(かみ)に隠れたれば、よくも見えず。あやしくて、「誰(た)そ誰(た)そ」と、あまたたび問はれて、「朝成(あさひら)に侍り」といらふるに、夢のうちにもいとおそろしけれど、念じて、「などかくては立ちたまひたるぞ」と問ひたまひければ、「頭弁(とうのべん)のまゐらるるを待ちはべるなり」といふと見たまひて、おどろきて、「今日は公事(くじ)ある日なれば、とくまゐらるらむ。不便(ふびん)なるわざかな」とて、「夢に見えたまへることあり。今日は御病まうしなどもして、物忌(ものいみ)かたくして、なにかまゐりたまふ。こまかにはみづから」と書きて急ぎ奉りたまへど、ちがひていととくまゐりたまひにけり。まもりのこはくやおはしけむ、例(れい)のやうにはあらで、北(きた)の陣(ぢん)より藤壺(ふぢつぼ)・後涼殿(こうらうでん)のはさまより通りて、殿上(てんじやう)にまゐりたまへるに、「こはいかに。御消息(せうそこ)奉りつるは、御覧(ごらん)ぜざりつるか。かかる夢をなむ見はべりつるは」。手をはたと打ちて、いかにぞと、こまかにも問ひ申させたまはず、また二つものものたまはで出でたまひにけり。さて御祈(いのり)などして、しばしは内(うち)へもまゐりたまはざりけり。この物(もの)の怪(け)の家は、三条(さんでう)よりは北、西洞院(にしのとうゐん)よりは西なり。今に一条殿の御族(ぞう)あからさまにも入らぬところなり。



[八九] 行成、歌道に暗し 着想卓抜(独楽・扇) 


この大納言殿、よろづにととのひたまへるに、和歌の方や少しおくれたまへりけむ。殿上(てんじよう)に歌論義(うたろぎ)といふこと出できて、その道の人々、いかが問答(もんだふ)すべきなど、歌の学問よりほかのこともなきに、この大納言殿は、ものものたまはざりければ、いかなることぞとて、なにがしの殿(との)の、「難波津(なにはづ)に咲くやこの花冬ごもり、いかに」と聞えさせたまひければ、とばかりものものたまはで、いみじう思((おぼ)し案(あん)ずるさまにもてなして、「え知らず」と答へさせたまへりけるに、人々笑ひて、こと醒(さ))めすこしいたらぬことにも、御魂(たましひ)の深くおはして、らうらうじうしなしたまひける御根性(こんじよう)にて、帝(みかど)幼くおはしまして、人々に、「遊び物どもまゐらせよ」と仰(おほ)せられければ、さまざま、金(こがね)・銀(しろかね)など心を尽(つ)くして、いかなることをがなと、風流(ふりう)をし出でて、持(も)てまゐりあひたるに、この殿(との)は、こまつぶりにむらごの緒(を)つけて奉りたまへりければ、「あやしの物のさまや。こはなにぞ」と問はせたまひければ、「しかじかの物になむ」と申す、「まはして御覧(ごらん)じおはしませ。興(きよう)ある物になむ」と申されければ、南殿(なでんに出でさせおはしまして、まはさせたまふに、いと広き殿(との)のうちに、のこらずくるべき歩(ある)けば、いみじう興ぜさせたまひて、これをのみ、つねに御覧じあそばせたまへば、こと物どもは籠(こ)められにけり。  

また、殿上人(てんじやうびと)、扇(あふぎ)どもしてまゐらするに、こと人々は、骨に蒔絵(まきゑ)をし、あるは、金・銀・沈(ぢん)・紫壇(したん)の骨になむ筋(すぢ)を入れ、彫物(ほりもの)をし、えもいはぬ紙どもに、人のなべて知らぬ歌や詩や、また六十余国の歌枕(うたまくら)に名あがりたる所々などを書きつつ、人人まゐらするに、例(れい)のこの殿(との)は、骨の漆(うるし)ばかりをかしげに塗(ぬ)りて、黄(き)なる唐紙(からかみ)の下絵(したゑ)ほのかにをかしきほどなるに、表(おもて)の方には楽府(がくふ)をうるはしく真(しん)に書き、裏には御筆(ふで)とどめて草(さう)にめでたく書きて奉りたまへりければ、うち返しうち返し御覧(ごらん)じて、御手箱(てばこ)に入れさせたまひて、いみじき御宝(たから)と思(おぼ)し召(め)したりければ、こと扇どもは、ただ御覧じ興(きよう)ずるばかりにてやみにけり。いずれもいずれも、帝王(みかど)の御感(ぎよかん)侍るにますことやはあるべきよな。



[九〇] たくみな警句家 高陽院殿の競馬 


いみじき秀句(すく)のたまへる人なり。この高陽院殿(かやゐんどの)にて競馬(くらべうま)ある日、鼓(つづみ)は、讃岐前司明理(さぬきのぜんじあきまさ)ぞ打ちたまひし。一番にはなにがし、二番にはかがしなどいひしかど、その名こそ覚えね。勝つべき方の鼓をあしう打ちさげて、負(まけ)になりにければ、その随身(ずいじん)の、やがて馬の上にて、ない腹(ばら)を立ちて、見返るままに、「あなわざはひや。かばかりのことをだにしそこなひたまふよ。かかれば、『明理・行成(ゆきなり)』と一双(いつさう)にいはれたまひしかども、一(いち)の大納言にて、いとやむごとなくてさぶらはせたまふに、くさりたる讃岐前司古受領(ふるずりやう)の、鼓打ちそこなひて、立ちたまひたるぞかし」と放言(はうごん)したいまつりけるを、大納言聞かせたまひて、「明理の濫行(らんかう)に、行成が醜名(しこな)呼ぶべきにあらず。いと辛(から)いことなり」とて、笑はせたまひければ、人々、「いみじうのたまはせたり」とて、興(きよう)じたてまつりて、その頃のいひごとにこそしはべりしか。




[九一]義懐の器量 朝餉の壺 義懐と惟成


また、一条摂政殿の御男子(をのこご)、花山院の御時、帝(みかど)の御舅(をぢ)にて、義懐(よしちか)の中納言と聞えし、少将たちの同じ腹よ。その御時は、いみじうはなやぎたまひしに、帝の出家(すけ)せさせたまひてしかば、やがて、われも、遅れたてまつらじとて、花山(はなやま)まで尋ねまゐりて、一日をはさめて、法師になりたまひにき。飯室(いひむろ)といふ所に、いと尊く行ひてぞかくれたまひにし。その中納言、文盲(もんまう)にこそおはせしかど、御心(こころ)魂(たましひ)いとかしこく、有識(いうそく)におはしまして、花山院の御時の政(まつりごと)は、ただこの殿(との)と惟成(これしげ)の弁(べん)として行ひたまひければ、いといみじかりしぞかし。  

その帝をば、「内劣(うちおと)りの外(と)めでた」とぞ、世の人、申しし。「冬(ふゆ)の臨時(りんじ)の祭(まつり)の、日の暮るる、あしきことなり。辰(たつ)の時に人々まゐれ」と、宣旨(せんじ)下させたまふを、さぞ仰(おほ)せらるとも、巳(み)・午(うま)の時にぞはじまらむなど思ひたまへりけるに、舞人(まひびと)の君達(きんだち)装束(さうぞく)たまはりにまゐりおはさうじたりければ、帝は御装束たてまつりて、立たせおはしましたりけるに、この入道殿も舞人にておはしましければ、この頃、語らせたまふなるを、伝へてうけたまはるなり。あかく大路(おほち)などわたるがよかるべきにやと思ふに、帝、馬をいみじう興(きよう)ぜさせたまひければ、舞人の馬を後涼殿(こうらうでん)の北の馬道(めだう)より通させたまひて、朝餉(あさがれひ)の壺(つぼ)にひきおろさせたまひて、殿上人(てんじやうびと)どもを乗せて御覧(ごらん)ずるをだに、あさましう人々思ふに、はては乗らむとさへせさせたまふに、すべき方もなくてさぶらひあひたまへるほどに、さるべきにや侍りけむ、入道中納言さし出でたまへりけるに、帝、御おもていと赤くならせたまひて、術(ずち)なげに思(おぼ)し召(め)したり。中納言もいとあさましう見たてまつりたまへど、人々の見るに、制(せい)しまうさむも、なかなか見ぐるしければ、もてはやし興じまうしたまふにもてなしつつ、みづから下襲(したがさね)のしりはさみて乗りたまひぬ。さばかりせばき壺(つぼ)に折りまはし、おもしろくあげたまへば、御けしきなほりて、あしきことにはなかりけり、と思(おぼ)し召(め)して、いみじう興(きよう)ぜさせたまひけるを、中納言あさましうもあはれにも思さるる御けしきは、同じ御心(みこころ)によからぬことを囃(はや)しまうしたまふとは見えず、誰(たれ)もさぞかしとは見知りきこえさする人もありければこそは、かくも申し伝へたれな。また、「みづから乗りたまふまではあまりなり」といふ人もありけり。  

これならず、ひたぶるに色にはいたくも見えず、ただ御本性(ほんじやう)のけしからぬさまに見えさせたまへば、いと大事(だいじ)にぞ。されば源民部卿(げんみんぶきよう)は、「冷泉院の狂(くる)ひよりは、花山院の狂ひは術(ずち)なきものなれ」と申したまひければ、入道殿は、「いと不便(ふびん)なることをも申さるるかな」と仰(おほ)せられながら、いといみじう笑はせたまひけり。  

この義懐(よしちか)の中納言の御出家(すけ)、惟成(これしげ)の弁(べん)の勧(すす)めきこえられたりけるとぞ。いみじういたりありける人にて、「いまさらに、よそ人(びと)にてまじらひたまはむ見ぐるしかりなむ」と聞えさせければ、げにさもと、いとど思して、なりたまひにしを、もとよりおこしたまはぬ道心(だうしん)なれば、いかがと人思ひきこえしかど、落(お)ち居(ゐ)たまへる御心(みこころ)の本性なれば、懈怠(けたい)なく行ひたまひて、うせたまひにしぞかし。  

その御子(みこ)は、ただいまの飯室(いひむろ)の僧都(そうづ)、また、絵阿闍梨(ゑあざり)の君(きみ)、入道中将成房(なりふさ)の君なり。この三人(みたり)、備中守(びつちゆうのかみ)為雅(ためまさ)の女(むすめ)の腹なり。その中将の女は、定経(さだつね)のぬしの妻(め)にてこそはおはすめれ。一条殿の御族(ぞう)は、いかなることにか、御命短くぞおはしますめる。



[九二]花山院の修行 南院焼亡 祭のかへさ 


花山院の、御出家(すけ)の本意(ほい)あり、いみじう行はせたまひ、修行(すぎやう)せさせたまはぬところなし。されば、熊野(くまの)の道に千里(ちさと)の浜といふところにて、御心地(ここち)そこなはせたまへれば、浜づらに石のあるを御枕にて、大殿籠(おほとのごも)りたるに、いと近く海人(あま)の塩焼く煙(けぶり)の立ちのぼる心ぼそさ、げにいかにあはれに思されけむな。   

旅の空夜半(よは)のけぶりとのぼりなば海人(あま)の藻塩火(もしほび)焚(た)くかとや見む  

かかるほどに、御験(ごげん)いみじうつかせたまひて、中堂(ちゆうだう)にのぼらせたまへる夜(よ)、験競(げんくら)べしけるを、試(こころみ)むと思(おぼ)し召(め)して、御心(みこころ)のうちに念(ねん)じおはしましければ、護法(ごほふ)つきたる法師、おはします御屏風(びやうぶ)のつらに引きつけられて、ふつと動きもせず、あまりひさしくなれば、今はとてゆるさせたまふ折ぞ、つけつる僧どものがり、をどりいぬるを、「はやう院(ゐん)の御護法の引き取るにこそありけれ」と、人々あはれに見たてまつる。それ、さることに侍り。験(げん)も品(しな)によることなれば、いみじき行(おこな)ひ人(びと)なりとも、いかでかなずらひまうさむ。前生(ぜんしやう)の御戒力(かいりき)に、また、国王の位をすてたまへる出家(すけ)の御功徳(くどく)、かぎりなき御ことにこそおはしますらめ。ゆく末までも、さばかりならせたまひなむ御心には、懈怠(けだい)せさせたまふべきことかはな。それに、いとあやしくならせたまひにし御心あやまちも、ただ御物(もの)の怪(け)のしたてまつりぬるにこそ侍(はべ)めりしか。  

なかにも、冷泉院の、南院(みなみのゐん)におはしましし時、焼亡(せうまう)ありし夜(よ)、御とぶらひにまゐらせたまへりし有様こそ不思議にさぶらひしか。御親の院は御車(みくるま)にて二条町尻(まちじり)の辻(つじ)に立たせたまへり。この院は御馬にて、頂(いただき)に鏡いれたる笠、頭光(づくわう)にたてまつりて、「いづくにかおはします、いづくにかおはします」と、御手づから人ごとに尋ね申させたまへば、「そこそこになむ」と聞かせたまひて、おはしましどころへ近く降りさせたまひぬ。御馬の鞭腕(むちかひな)に入れて、御車の前に御袖(そで)うち合(あは)せて、いみじうつきづきしう居(ゐ)させたまへりしは、さることやは侍りしとよ。それにまた、冷泉院の、御車のうちより、高やかに神楽歌(かぐらうた)をうたはせたまひしは、さまざま興(きよう)あることをも見聞くかなと、おぼえさぶらひし。明順(あきのぶ)のぬしの、「庭火(にはび)、いと猛(まう)なりや」とのたまへりけるにこそ、万人(ばんにん)えたへず笑ひたまひにけれ。

あてまた、花山院の、ひととせ、祭(まつり)のかへさ御覧(ごらん)ぜし御有様は、誰(たれ)も見たてまつりたまひけむな。前の日、こと出(いだ)させたまへりしたびのことぞかし。さることあらむまたの日は、なほ御歩(あり)きなどなくてもあるべきに、いみじき一(いち)のものども、高帽頼勢(かうぼうらいせい)をはじめとして、御車(みくるま)のしりに多くうちむれまゐりしけしきども、いへばおろかなり。なによりも御数珠(ずず)のいと興(きよう)ありしなり。小さき柑子(かうじ)をおほかたの玉には貫(つらぬ)かせたまひて、達磨(だつま)には大柑子(おほかうじ)をしたる御数珠、いと長く御指貫(さしぬき)に具(ぐ)して出(いだ)させたまへりしは、さる見物(みもの)やはさぶらひしな。紫野(むらさきの)にて、人人、御車に目をつけたてまつりたりしに、検非違使(けびゐし)まゐりて、昨日、こと出(いだ)したりし童(わらは)べ捕(とら)ふべし、といふこと出できにけるものか。このごろの権(ごん)大納言殿、まだその折は若くおはしまししほどぞかし、人走らせて、「かうかうのことさぶらふ。とく帰らせたまひね」と申させたまへりしかば、そこらさぶらひつるものども、蜘蛛(くも)の子を風の吹き払(はら)ふごとくに逃げぬれば、ただ御車副(みくるまぞひ)のかぎりにてやらせて、物見車(ものみぐるま)のうしろの方よりおはしまししか。さて検非違使つきや、いといみじう辛(から)う責(せ)められたまひて、太上(だいじやう)天皇の御名は下(くだ)させたまひてき。かかればこそ、民部卿殿の御いひ言(ごと)はげにとおぼゆれ。 



[九三]花山院の御製秀逸 意匠の巧妙さ


さすがに、あそばしたる和歌は、いづれも人の口にのらぬなく、優(いう)にこそうけたまはれな。「ほかの月をも見てしがな」などは、この御有様に思(おぼ)し召(め)しよりけることともおぼえず、心ぐるしうこそさぶらへ。あてまた冷泉院に笋(たかうな)奉らせたまへる折は、世の中にふるかひもなきたけのこはわが経(へ)む年をたてまつるなり 御返し、年経ぬる竹のよはひを返してもこの世をながくなさむとぞ思ふ 「かたじけなく仰(おほ)せられたり」と、御集(ぎよしふ)に侍るこそあはれにさぶらへ。まことに、さる御心(みこころ)にも、祝ひ申さむと思(おぼ)し召(め)しけるかなしさよ。 この花山院は、風流者(ふりうざ)にさへおはしましけるこそ。御所(ごしよ)つくらせたまへりしさまなどよ。 寝殿(しんでん)・対(たい)・渡殿(わたどの)などは、つくりあひ、檜皮葺(ひはだふ)きあはすることも、この院のし出でさせたまへるなり。昔は別々(べちべち)にて、あはひに樋(ひ)かけてぞ侍りし。内裏(だいり)は今にさてこそは侍るめれ。御車(みくるま)やどりには、板敷(いたじき)を奥には高く、端(はし)はさがりて、大きなる妻戸(つまど)をせさせたまへる、ゆゑは、御車の装束(さうぞく)をさながら立てさせたまひて、おのづからとみのことの折に、とりあへず戸押し開かば、からからと、人も手もふれぬさきに、さし出(いだ)さむが料(れう)と、おもしろく思し召しよりたることぞかし。御調度(てうど)どもなどの清(けう)らさこそ、えもいはず侍りけれ。六の宮の絶(た)えいりたまへりし御誦経(みずきやう)にせられたりし御硯(すずり)の箱見たまへき。海賦(かいぶ)に蓬莱山(ほうらいせん)・手長(てなが)・足長(あしなが)、金(こがね)して蒔(ま)かせたまへりし、かばかりの箱の漆(うるし)つき、蒔絵のさま、くちをかれたりしやうなどのいとめでたかりしなり。 

また、木立(こだち)つくらせたまへりし折は、「桜の花は優(いう)なるに枝ざしのこはごはしく、幹(もと)のやうなどもにくし。梢(こずゑ)ばかりを見るなむをかしき」とて中門(ちゆうもん)より外(と)に植ゑさせたまへる、なによりもいみじく思(おぼ)し寄りたりと、人は感じまうしき。また、撫子(なでしこ)の種を築地(ついひぢ)の上にまかせたまへりければ、思ひがけぬ四方(よも)に、色々の唐錦(からにしき)をひきかけたるやうに咲きたりしなどを見たまへしは、いかにめでたく侍りしかは。  

入道殿、競馬(くらべうま)せさせたまひし日、迎へまうせさせたまひけるに、わたりおはします日の御装(よそひ)は、さらなり、おろかなるべきにあらねど、それにつけても、まことに、御車(みくるま)のさまこそ、世にたぐひなくさぶらひしか。御沓(くつ)にいたるまで、ただ、人の見物(みもの)になるばかりこそ、後(のち)には持(も)て歩(あり)くとうけたまはりしか。  

あて、御絵(ゑ)あそばしたりし、興(きよう)あり。さは、走り車の輪(わ)には、薄墨(うすずみ)に塗(ぬ)らせたまひて、大きさのほど、輻(や)などのしるしには墨(すみ)をにほはせたまへりし、げにかくこそ書くべかりけれ。あまりに走る車は、いつかは黒さのほどやは見えはべる。また、笋(たかうな)の皮を、男の指(および)ごとに入れて、目かかうして、児(ちご)をおどせば、顔を赤めてゆゆしう怖(お)ぢたるかた、また、徳人(とくにん)・たよりなしの家のうちの作法(さはふ)などかかせたまへりしが、いづれもいづれも、さぞありけむとのみ、あさましうこそさぶらひしか。この中(なか)に、御覧(ごらん)じたる人もやおはしますらむ。 



(伊尹传到此就结束,再往后就是太政大臣兼通传的部分了)


随便截了一段我那版大镜的原文,您品,您细品,标完汉字眼已花。还有什么好说的呢,我该感谢它至少还给了我标点,比宇治拾遗物语善良那么一点(×):

(虽然,如前所说,只要持有现代文版大镜一切问题就都解决了,相较之下这么做的确毫无意义。况且这也不算是为爱发电emm。但仅仅于我而言感觉上还是挺有意义的,至少有纪念价值(?)嗯×)


一个不愿透露姓名的紫式部粉

给和泉式部发的电。

原文:涙川   おな(同)じ身よりは  ながるれど  恋をば消たぬ   ものにぞありける

作者:和泉式部

粗译:

此身 已成了泪川

“川水”源源不断,

可体内的恋火却未被浇散

只是一味地燃……

浇散:谓使淳朴的社会风气变得浮薄。俺引申为恋火变得微弱……当然,直接做字面意理解也没毛病。

此处有个同じ身,这个要解释就有点微妙……它其实是同泪川的泪以及恋(こひ)的火(ひ)有对应的,通过这个“同じ身”巧妙地把泪和火连在一起,明明都是从我的身体里冒出来的,为何恋火没有被泪浇灭...


原文:涙川   おな(同)じ身よりは  ながるれど  恋をば消たぬ   ものにぞありける

作者:和泉式部

粗译:

此身 已成了泪川

“川水”源源不断,

可体内的恋火却未被浇散

只是一味地燃……

浇散:谓使淳朴的社会风气变得浮薄。俺引申为恋火变得微弱……当然,直接做字面意理解也没毛病。

此处有个同じ身,这个要解释就有点微妙……它其实是同泪川的泪以及恋(こひ)的火(ひ)有对应的,通过这个“同じ身”巧妙地把泪和火连在一起,明明都是从我的身体里冒出来的,为何恋火没有被泪浇灭呢?真的太抽象了,以我浅薄的言辞难以表达,我放弃了。就这样吧,欢迎大佬们评论支援。

我的眼泪流个不停,莫不是这身躯里有条泪川?可若是如此,为何我体内的爱焰却未被浇灭半分呢……

一个不愿透露姓名的紫式部粉

不定期和歌渣翻。(和泉式部集)

《后拾遗集》  总七八零  《和泉式部集》(正集)  总九七

原文:世の中に  恋といふ色は  なけれども  ふかく身にしむ  ものにぞありける

作者:和泉式部


粗译:

明明这世间并不存在名为“恋”的色彩

可妾身

早就被染上了

深深的“恋色”。


全句其实没有什么特别的技巧,只是将心中所想表达出来。热烈且直白,不愧是和泉式部。我今天甚至还能再翻一首,看她的和歌真的不费头发。
[图片]


《后拾遗集》  总七八零  《和泉式部集》(正集)  总九七

原文:世の中に  恋といふ色は  なけれども  ふかく身にしむ  ものにぞありける

作者:和泉式部


粗译:

明明这世间并不存在名为“恋”的色彩

可妾身

早就被染上了

深深的“恋色”。


全句其实没有什么特别的技巧,只是将心中所想表达出来。热烈且直白,不愧是和泉式部。我今天甚至还能再翻一首,看她的和歌真的不费头发。

D.ear_233

【阴阳】邪妖猫又 12(9)

*这文久到都快忘记自己前面埋了什么坑了,笑哭


(九)姻缘


当恢复只有两人时,双方都难免有些不自在,没有谈话,一前一后地前进着。


樱乃和龙马两人都很有默契地没有提起昨晚的事情,都纷纷装作没有发生过,但两人心里都清楚,从彼此微微泛红的耳朵以及都不敢直面对方的眼睛就知道这怎么可能。


花了一些时间,两人回到大路。说来也是凑巧,他们才回到大路没多久,遇上一辆每天晨早往温泉街送货的马车,刚好可以捎他们一程。


同一天早晨,平安京的安倍府邸,吉昌失望而归,刚回院子就看到龙马鬼鬼祟祟地跑进草丛里,一靠近就听到一阵水流的声音……...


*这文久到都快忘记自己前面埋了什么坑了,笑哭


(九)姻缘

 

当恢复只有两人时,双方都难免有些不自在,没有谈话,一前一后地前进着。

 

樱乃和龙马两人都很有默契地没有提起昨晚的事情,都纷纷装作没有发生过,但两人心里都清楚,从彼此微微泛红的耳朵以及都不敢直面对方的眼睛就知道这怎么可能。

 

花了一些时间,两人回到大路。说来也是凑巧,他们才回到大路没多久,遇上一辆每天晨早往温泉街送货的马车,刚好可以捎他们一程。

 

同一天早晨,平安京的安倍府邸,吉昌失望而归,刚回院子就看到龙马鬼鬼祟祟地跑进草丛里,一靠近就听到一阵水流的声音……

 

他在干什么!?

 

OMG。

 

吉昌呆滞半会之后终于反应过来,满脸的不可置信,这小子在草丛里小解!?

 

水流声停止,龙马拉回裤子,抖了抖屁股从草丛里出来……

 

大眼瞪大眼。

 

“喵……”

 

龙马受到惊吓地跳上头顶的大树,手指颤抖地指着他,他……他……什么时候回来的!?

 

“喵!?”

 

吉昌重复那一声喵,先是疑惑随后立刻反应过来,手一扬长袖一挥,‘龙马’身上的幻术立刻解开,恢复成卡鲁宾的模样。

 

“喵……”卡鲁宾双爪挡住眼睛不敢看。

 

“越!前!龙!马!你!这!个!臭!小!子!”

 

院子里响起吉昌咬牙切齿的声音。

 

“哈嚏。”

 

坐在马车上的龙马鼻子发痒打了一个喷嚏,突然有种不好的预感。

 

当龙马再次踏进温泉街的土地的时候,心情十分复杂,已经没有了道贺的愉快心情,他是不是跟温泉犯冲!?之前也是在温泉街惹得师傅生气得半个月不理他,想想昨晚更过分,这一次师傅要生他多久的气?这次他可冤枉樱乃了,这次她不和他说话并不是因为吃醋,而是因为羞于开口。

 

与之相反的,当樱乃自来到温泉街之后就将昨日的事抛之脑后,兴致勃勃地左看右看。

 

街上有不少的人,除了温泉旅馆,贩卖的小商铺有很多,其中大部分是买伴手礼的,还有一些有趣的小玩意。

 

“樱乃!!!”

 

还没到达心心温泉馆,已经有人在喊她的名字,望着向她跑来的杏色头发的女生,樱乃暗自吐槽,好了,又一个熟人,可自己却没有印象。

 

只见这名女子热情地挽住她的手臂,对于她的亲近,樱乃好像并不反感,所以没有拒绝地跟着她走,落下龙马一个人在后面。

 

来人不是别人,是一直呆在温泉街没有回鬼妖城的小杏。

 

龙马缓缓地跟在后面,心里纳闷,竟然小杏在的话,那讨人厌的吃心鬼肯定一同在这。

 

此时的他在心里告诫自己,这一次可不能再和那吃心鬼一般见识。

 

可,他万万没想到的是,他是这样想的,而另外一人了不这样想的。

 

当看到龙马的时候,桃城已经在心里盘算起小九九,他如是想着:该如何报之前的仇呢?

 

距离宴会的时间还早,小杏拉着樱乃往外走。

 

“我们……这是去哪里?”樱乃好奇地问。

 

“上山啊,听闻昨夜狂风暴雨的,姻缘树上的姻缘牌很多从树上掉下来了,跟我一起去看看我的牌子有没有掉下来。”

 

樱乃默默地跟着,心里疑惑着,姻缘树?姻缘牌!?

 

这里还有姻缘树?龙马同款惊讶。

 

山下,远远可以看到一棵十分巨大的大树,青葱的枝叶隐隐约约可以看到上面点缀的红色,就像是一朵朵红色的小花,走近一看,原来是一张张红色的姻缘牌。

 

来到树下,果真稀稀拉拉掉落了许多红色的牌子,而且没想到有不少人先她们一步。

 

“樱乃,我们也过去帮忙。”小杏拉着她加入捡牌子的队伍。

 

樱乃弯腰随意捡起一张,捡起一张却带起另外一张,它们由一条红绳牵着,原来姻缘牌是一对对的,上面各写着一个名字,看到上面的名字微微一愣,宫田凉子?

 

不知这宫田凉子是怎样的女子,竟然和皇族大王子共写一对姻缘牌,对此,她感到好奇极了。

 

小杏捡了好几张之后喊站在不远处相互瞪眼的两人,“你们,也快点来帮忙。”

 

“来了。”听到吩咐,桃城这才勉强地移开目光。

 

樱乃绕着树耐心地一对一对地捡,又一张一张将它们收拾干净,等会都捡起来了一一将它们都重新挂回去,这些牌子都承载着大家姻缘的寄托,怎么能任由它们被泥土掩埋呢。

 

见师傅忙碌的身影,龙马也加入捡牌子的队伍。

 

人多力量大,地面的红牌子一对对地减少。

 

最后一对了。

 

樱乃弯腰捡起最后一对,小心翼翼地擦掉背面上的泥土,翻过来一看,熟悉的名字就这样明晃晃地出现在她的视线里,手不由握紧……

 

“樱乃,你那边好了吗?”

 

“好了。”

 

小杏的声音唤回了樱乃的失神,她将牌子塞进袖子里,抱着一堆牌子向他们走去。

 

“好了,剩下的任务就交给你们。”

 

小杏拍了拍手上的灰尘吩咐。

 

“好。”

 

“哼。”

 

桃城和龙马异口同声地答应,见对方都说同样的话又异口同声地轻哼,各自扭身去挂牌子。

 

“樱乃,你说,他们到底发生了什么一直这么较劲呢。”小杏凑到樱乃的身边,小声嘀咕。

 

“嗯?”走神的樱乃一时没注意她说的是什么。

 

“你难道不好奇吗?”

 

小杏看着两人都已经斗起来的身影,一样没注意到樱乃的走神,吐槽着两人怎么这么幼稚,看谁挂得多这种事真是够无聊的。

 

“嗯,好奇。”

 

樱乃唇边挂着浅浅的笑容,目光一直追逐着某人在树上树下跳动的身影,手下意识地伸到袖子里缓缓摸着那被她藏起来的牌子,无比可惜自己没有这方面的记忆,她真的很好奇这姻缘牌到底是她挂上去的?还是他挂上去的?

 

想着想着,眼中洋溢的笑意更是灿烂,不管是谁挂上去的,最起码她可以肯定的是,自己果真是喜欢他的,要不然怎么会看到姻缘牌上刻着龙崎樱乃与越前龙马两个名字时会如此的开心呢。

一个不愿透露姓名的紫式部粉

仅翻译向的行成和歌整理(三)

皇后宮うせさせたまひし頃、成房少将につかはしける

(题:时值皇后宫过世后,去信于成房少将。)                          

原文

右大弁行成     

世の中をいかにせましと思ひつつ 起き臥す程に明け暮らすかな


返し 少将成房

世の中をはかなきものと知りながら いかにせましと何かなげかん


【译】:


右大弁行成


立世踌躇兮不感时,朝暮轮转兮今已至。


【释】:

思索着究竟该如何立足于世,已全然忘记了朝暮轮转,时间流逝。


返 少将成房


知世飘渺兮何多忧,作如是观兮住无常。


【释】:

既然知道这世间...

皇后宮うせさせたまひし頃、成房少将につかはしける

(题:时值皇后宫过世后,去信于成房少将。)                          

原文

右大弁行成     

世の中をいかにせましと思ひつつ 起き臥す程に明け暮らすかな


返し 少将成房

世の中をはかなきものと知りながら いかにせましと何かなげかん


【译】:


右大弁行成


立世踌躇兮不感时,朝暮轮转兮今已至。


【释】:

思索着究竟该如何立足于世,已全然忘记了朝暮轮转,时间流逝。


返 少将成房


知世飘渺兮何多忧,作如是观兮住无常。


【释】:

既然知道这世间的一切都是虚妄,何必总想着“该怎么办”呢?

在此引用了金刚经中的“世间有为法如梦幻泡影,如电亦如露应作如是观。”前文中立足于世,即住世,故此处我翻了住无常。

更多内容和解析详见连晴的整理,链接如下。真想抓她来一起翻紫式部集和和泉式部集啊。(点烟)https://scheherazade0703.lofter.com/post/1e03e81b_1c8931def 



錦紅葉

皇后宮うせさせたまひし頃、成房少将につかはしける

(词书:时值皇后宫过世后,去信于成房少将。)                     

右大弁行成     

世の中をいかにせましと思ひつつ 起き臥す程に明け暮らすかな


返し 少将成房

世の中をはかなきものと知りながら いかにせましと何かなげかん


——

【译】:

※(索译)

右大弁行成


立世踌躇兮不感时,朝暮轮转兮今已至。


【释】:

思索着究竟该如何立足于世,已全然忘记了朝暮轮转,时间流逝。


返 少将成房


知世飘渺兮何多忧,作如是观兮住无常。


【释】:

既然...


皇后宮うせさせたまひし頃、成房少将につかはしける

(词书:时值皇后宫过世后,去信于成房少将。)                     

右大弁行成     

世の中をいかにせましと思ひつつ 起き臥す程に明け暮らすかな


返し 少将成房

世の中をはかなきものと知りながら いかにせましと何かなげかん


——

【译】:

※(索译)

右大弁行成


立世踌躇兮不感时,朝暮轮转兮今已至。


【释】:

思索着究竟该如何立足于世,已全然忘记了朝暮轮转,时间流逝。



返 少将成房


知世飘渺兮何多忧,作如是观兮住无常。


【释】:

既然知道这世间的一切都是虚妄,何必总想着“该怎么办”呢?在此引用了金刚经中的“世间有为法如梦幻泡影,如电亦如露应作如是观。”前文立足于世,即住世,故此处住无常。


※(晴译)

右大弁行成  


在世如寄堪思量,寝起卧眠日月荒。


【释】:

没有一刻不在苦思着「活在世间该如何是好」,醒来,睡下,不知不觉,任这日月徒然流逝。译的部分参考了白居易『感时』:人生讵几何,在世犹如寄。



返 少将成房


本知世相多虚缈,何苦忧思叹无措。


【释】:

既已深知此世虚幻,怎么依旧思索着「该如何是好」而叹息连连呢?



【補记】:

此歌出现在『权记』 「長保二年(1000)12月19日」中。

词书(歌题)中的「皇后宫」指的是一条帝皇后宫藤原定子。

赠答对象是行成堂弟藤原成房(此年十九岁),藤原义怀第三子,母藤原为雅之女。藤原成房其人跟源成信一样,身为行成的亲友,在『权记』中常有提及。成房原名「成周(なりちか)」,但在「长德之变」发生之后藤原伊周遭左迁,为避其讳,改名为「成房(なりふさ/なりのぶ)」。宽和二年(986年)发生「宽和之变」与他和行成同辈有表兄弟关系的花山帝、其父权中纳言藤原义怀出家。


这两首和歌并没有什么技法,也没有词藻修饰,比较偏白话,因为作者二人写下它们的目的并不在于锤炼和歌本身,而是以感情倾诉为主。


所以看待这两首和歌的时候应将重点放在所寄托的感情和歌咏背景方面。


【歌咏背景】:

这两首和歌写于長保二年(1000)12月19日,在此之前,行成本人已经见证过一系列变故。


长保元年(999)11月藤原道长的长女藤原彰子入内成为一条帝的女御,12月,太皇太后昌子内亲王薨逝,为与生下一条帝第一皇子敦康亲王的中宫藤原定子形成抗衡,道长希望将来彰子能够实现立后。


三天前,也就是16日,一条帝皇后宫,藤原定子产下女儿媄子内亲王后薨逝,年仅24岁。


行成受定子薨逝这一事件的影响,深觉「世間無常比、觸視觸聴只催悲感」,为皇后宫逝去、中关白一门荣华转瞬堪悲之余,或许也由此想到作为一介臣下的自身,前途终难测,宠辱在朝暮,纵然心怀远见谨言慎行,却也难敌世间无常,怎知他日光景。


18日,也就是在以上和歌赠答事件的前一天,行成与成房同车,当时行成也对成房感叹过世相无常这类悲伤消极的话题。行成平时不常将心中所想付之于言辞,发生什么事情更偏向于独自承受,而倾诉愁思的对象往往是值得依托的亲友。


19日,行成写下这首和歌给成房。


大致描述一下『权记』中记录的这段事情经过。

早朝,行成派遣苔雄丸(小舍人)给成房少将寄去书信:


「世の中をいかにせましと思いつつ 起き臥すほどにあけくらすかな(我将会一边苦思着活在世间如何是好,一边寝起,入眠,不知不觉,日月流逝,我会像这样地度过日后每一天吧。)」


「然而世间无常变幻之时,不管是看还是听,心中涌起的唯余悲伤(世間無常比,觸視觸聴只催悲感)。遂将难以忍受的思虑,向与我相得无间的你尽诉。」


参内过后,在阵座旁收到成房的回信:

「世の中をはかなきものと知りながら いかにせましと何かなげかん(既已深知此世虚幻无情,为什么还要叹息呢?)」

与此相对,成房的回歌则更偏向于宽慰的意味。


在行成收到回歌的这天,成房准备出家(这个想法的产生也是受到定子薨逝的影响),只身前往比叡山飯室(已经出家的其父藤原义怀的居住地),随后行成慌忙追来阻止,行成的友人源成信也对成房进行过劝慰,最终成房听从了父亲藤原义怀的劝说,打消了离俗的念头,并于翌年长保3年(1001)与行成一同归京。(虽然不久后的长保4年成房还是去飯室出家了,并且行成当时再次进行劝说没有成功,但那些已经是后话。)

所以成房这首带有宽慰意味的回歌,大概同时也可以看作是他已经接受世相无常的事实,想摒去消极想法,不愿过多想起悲伤之事的情感表达。


「起き臥す程に明け暮らすかな」行成这首和歌除了感叹世相无常、世间难居之外,也有着行成严于律己之下习惯性的自我审视,认为自身浪掷了光阴,感到自愧。忧虑于自己将虚度岁月,碌碌无为。


以及,收到成房的和歌,之后又突然得知成房决定出家,遂慌张追上进行阻止。从行成写给成房的和歌之中,能够看出,实际上行成自己也早已对世间诸事感到疲倦,但是如果看到身边的人决定出家,他还是会立刻劝止。是个明知世相多舛难居却依旧能对之温柔以待的人啊。


定子薨逝后,无论是前朝还掖庭都将会发生翻天覆地的变动,行成对此感到「世間無常比,觸視觸聴只催悲感」,那么不久之后,他遵从道长嘱托,亲口劝说一条帝推动彰子立后一事达成,并受到道长诚挚致谢的长保二年二月,若是作为他本人,而不是作为一位言官去看待这件事,其心情可想而知是何等百感交集。物是人非,思绪万千,然而,万般无奈。


既已身在庙堂,行成必须先当好一个臣下,其次才能做他自己。


————


【可看可不看的废话脑补环节】


↓以下是关于『权记』里这首和歌的原文(变体汉文)的脑补:


这两首和歌在汉文日记『权记』中都是用汉字记录的。

那个变体汉文的原文比较有意思,尤其是成房的那首:


  「世中乎無墓物ト乍知如何為猿と何加歎鑒


当然,成房的回歌本身是使用假名写的,只是行成记录在日记『权记』中的时候,特意将其转换成了汉字。

汉字中值得注意的是对应和歌原文假名「はかなきもの(虚幻之物)」的「無墓物

字面即「没有墓的东西(墓無き物)」,无墓,有种虚无缥缈岌岌可危的感觉。

其实通常用「果無し、果敢無し、儚し」这些词表示「はかなきもの」不是也可以的吗,但行成用的是「墓無し」。

也许用在这里并没有什么特殊含义,但总觉得「虚幻=无墓」的这种转换很特别,于是有点在意行成的想法。


↓以下只是主观猜测:


行成深爱的正室源泰清之女(姐)亡故后是骨灰散撒,外祖父源保光和母亲保光女的遗骨之后也特意改葬,流葬于鸭川。后来行成自己也是这种葬法(散骨)。

虽然供养通常是在与已故之人有渊源的寺庙内进行,墓地本身也并没有受到太大的重视。这些事情不便深究,询问了专业的大佬说,还有种说法可能是藤原行成他们那一门的习惯葬法就是散骨,然而其中的用意也许很深奥,这些就很难推测了。

但总而言之,散骨正是不建墓的葬法啊,所以主观猜测散骨而不设墓这种葬法会不会是将原文和歌表示「はかなきもの(虚幻之物)」的假名替换作汉字「無墓物」的用意(?


————


藤原行成真的特别好!!没有别的吹他的话能够形容了,一时半会真的描述不完啊qwqqwq以至于每次我都不知道怎么向其他人安利行成,不知道应该从何吹起qwqqwq

即使倾慕之情溢于言表,匮乏无知的我也实在找不到这世间能与他相配的任何词句。纵然竭力掂量语句物色修辞能说出口的最终也仅是余下一个好字而已。

錦紅葉

传闻中的行成不擅和歌之事(『大鏡』巻三

#有点在意大镜说行成不擅和歌的原因,于是←总之这则是行成不擅和歌的梗的来源(

#一则『大镜』的渣翻。古语渣,我没有现代文的大镜,所以也很无奈×权记的话尚且能够比照着现代语修正。不懂的地方尽力请教过了,可能仍有理解错误,欢迎指正捉虫。


——


※(来自『大鏡』巻三「伊尹伝」)


      这位大纳言行成,是个无论做什么事情都能轻而易举完成的才能颇泛之人,然而,他对和歌似乎不太在行。

      某日,清凉殿中展开了关于和歌的讨论。...



#有点在意大镜说行成不擅和歌的原因,于是←总之这则是行成不擅和歌的梗的来源(

#一则『大镜』的渣翻。古语渣,我没有现代文的大镜,所以也很无奈×权记的话尚且能够比照着现代语修正。不懂的地方尽力请教过了,可能仍有理解错误,欢迎指正捉虫。


——


※(来自『大鏡』巻三「伊尹伝」)


      这位大纳言行成,是个无论做什么事情都能轻而易举完成的才能颇泛之人,然而,他对和歌似乎不太在行。

      某日,清凉殿中展开了关于和歌的讨论。

      热心于和歌之众,进行着着和歌好坏的取舍,怎样才能使和歌更出色等等诸如此类的交流,除了与和歌有关的话题之外,不言其他。在此期间,行成大人保持沉默,不置一语。

      同席之人稍觉疑惑,这是怎么了呢?如此心想。

      「'難波津に咲くやこの花冬籠り'……行成殿对这首和歌怎么看?」

      这样对行成大人抛出了话题。

      一时之间,行成大人什么也没说,似乎陷入了沉思。

      「我不太清楚。」

      得到了这样的回答,在场众人哄然大笑,皆觉败兴,关于和歌的讨论也就此结束。


原文(已手动标完汉字):


[八九] 行成、歌道に暗し 着想卓抜(独楽・扇) 


この大納言殿、よろづにととのひたまへるに、和歌の方や少しおくれたまへりけむ。

殿上(てんじよう)に歌論義(うたろぎ)といふこと出できて、その道の人々、いかが問答(もんだふ)すべきなど、歌の学問よりほかのこともなきに、この大納言殿は、ものものたまはざりければ、いかなることぞとて、なにがしの殿(との)の、「難波津(なにはづ)に咲くやこの花冬ごもり、いかに」と聞えさせたまひければ、とばかりものものたまはで、いみじう思((おぼ)し案(あん)ずるさまにもてなして、「え知らず」と答へさせたまへりけるに、人々笑ひて、こと醒(さ))めすこしいたらぬことにも、……

——

↓↓然后以下是一些主观想法(就算有滤镜也无所谓):


行成通汉籍,但较之不喜应对作歌,这点『枕草子』也略略提过。(说不定是个人喜欢问题,比起和歌更喜欢汉诗等等,所以比起汉学,在学习和歌上花的精力相对较少(?))

他写的和歌数量与擅歌的祖父藤原伊尹以及有歌之异才之称的其父藤原义孝相比,确实可以说是压倒性的少。

从题材上看待行成的和歌,以「賀の歌、哀傷歌、釈教歌」为主,而且前提上通常是逢重大场合、或者是有人(道长、公任等等)去信写歌,所以礼节方面必须回应答歌。有时给人一种职务性作歌的印象。

有种「如果有必要的话,会尽己所能仔细地吟咏和歌。(这很行成)」的既视感。

但是玩梗归玩梗,史料价值方面可信度我不好判断,然而这则内容逻辑上就并不可信。

(玩梗归玩梗,但大镜这则故事里某些杠精不怀好意地嘲讽他就不对了,写这则的人也是没必要,不懂这件事有什么好写的,况且还很有可能进行了添油加醋。

理由↓↓↓

身处正在讨论和歌的众人之间,行成说不定只是觉得突然插嘴也很麻烦,所以才决定沉默。但是某个杠精突然向他搭话,问他对「難波津に咲くやこの花冬籠もり今は春べと咲くやこの花」这首和歌的看法。


首先稍微贴一下这首和歌的相关信息:

難波津に咲くやこの花冬籠り

今は春べと咲くやこの花

花开难波津,寒冬闭羞颜。今春满地堂,花开香芬芳。(刘德润译)

这首和歌称为「难波津之歌」,并不在小仓百人一首之内,但是通常作为歌牌竞技的序歌,选手依次向对手、咏唱者行完礼,十五分钟过后咏唱者开始吟诵序歌「难波津之歌」。

难波津之歌是一首非常古老的和歌,甚至也没有收录在『万叶集』中。关于这首歌最早的文献记录出现在『古今和歌集』的假名序中,本意在祝福新一代天皇即位,开创良好的国风治理。它和「安积山之歌」并称为「歌之父母」,是学习创作和歌的初学者们首先需要模仿的两首和歌之一。

此歌出现在『古今六帖』当中,作为平安时代幼童临摹习字的初帖。

『源氏物语』曾提及这首歌的习字帖:

「手笔之秀美,自不必说。只此小巧的包封,在这老年人看来也觉得香艳绮丽,令人目眩。老尼姑收到了这封信,甚是狼狈,不知如何答复才好。终于写了回信:“前日偶尔谈及之事,我等视为一时戏言。今蒙特地赐书,教人无可答复。外孙女年龄幼稚,连『难波津之歌』也还写不端正,其实难于奉命。」(丰译,帖五「紫儿」)



这首歌出现在『古今和歌集』的假名序中,也在『古今六帖』的习字书帖里,擅书道并且经常被拜托写古今集的行成不可能不知道这首。

也就是说这位杠精挑了一首对当时的人而言像字母表那样熟知的和歌问行成的看法,这种做法本身就容易让人误解,会不会可能带有一种不怀好意的愚弄意味?所以行成对此不想过多纠缠,回答「我不知道。」

或者是,当时有可能是有会议要讨论的公职场合,但是众人突然开始谈论起和歌。行成可能是为了让众人停止与公职无关的话题,所以刻意回答扫兴的话,中止讨论和歌以便公职事务进行下去(?)

↑↑这段没有依据,只是主观脑补。

錦紅葉

寛和二年内裏歌合に 

(词书:宽和二年、于内里歌合)

権大納言行成


いさり火のうかべるかげと見えつるは

なみのよるしるほたるなりけり


【译】:


※(索译)

潮间渔火凝,萤借渔火观潮兴。


※(晴译)

渔火浮波明潋滟,萤虫逐流悟夜临。


【補记】:

收录于『続古今和歌集 巻三 夏256』,属于敕撰歌。这首是咏夏景的和歌,出色之处在于技法和思路。


此处着重分析一下技法方面,以便理解和歌原意。


上句:いさり火のうかべるかげと見えつるは(见到渔火浮动之光的……)


下句:なみのよるしるほたるなりけり(是知晓浪潮卷席/浪潮...



寛和二年内裏歌合に 

(词书:宽和二年、于内里歌合)

権大納言行成


いさり火のうかべるかげと見えつるは

なみのよるしるほたるなりけり


【译】:


※(索译)

潮间渔火凝,萤借渔火观潮兴。


※(晴译)

渔火浮波明潋滟,萤虫逐流悟夜临。


【補记】:

收录于『続古今和歌集 巻三 夏256』,属于敕撰歌。这首是咏夏景的和歌,出色之处在于技法和思路。


此处着重分析一下技法方面,以便理解和歌原意。


上句:いさり火のうかべるかげと見えつるは(见到渔火浮动之光的……)


下句:なみのよるしるほたるなりけり(是知晓浪潮卷席/浪潮之夜的萤虫。)(「なみ」意为「波流/浪潮」)


理解这首和歌应将重点放于下句,按组合关系以及词性分隔一下:


なみのよる(有双关语存在,因此是双重含义。浪潮卷席/浪潮之夜) / しる(动词,知晓)/ ほたる(名词,萤虫)/なりけり(断定助动词结句)


可知此句碍于理解的部分在于「なみのよるしるほたる(知晓知晓浪潮卷席/浪潮之夜的萤虫」)


萤虫为什么会知晓浪潮卷席/浪潮之夜。知晓浪潮卷席/浪潮之夜跟萤虫存在什么因果关系和联系。


首先「なり」是断定助动词,「けり」是过去咏叹助动词,「なりけり」表判断。意为「是……」


下句的「なみのよる」具有双重含义。因为其中「よる(夜)」是「寄る」的掛词,两者是双关:


①将「よる」理解为「よる(夜)」时,「なみのよる」意为「浪潮之夜」,侧重于「夜晚」

同时「よる(夜)」也是「いさり火(渔火)」的缘语。此处和歌中的掛词与缘语重得到了重叠,重叠在「よる(夜)」这个词上。


②将「よる」理解为「寄る(动词、靠近;推进)」时,「なみのよる」意为「浪潮席卷」,侧重于潮水起伏、浪推岸边的动态


于是,将以上双重含义与紧接着的「しる(动词、得知;知晓)」相联,并联系上句,可知藤原行成为什么认为下句的主语「ほたる(名词,萤虫)」会「知晓浪潮卷席/浪潮之夜」。


因为在以掛词构成的双重含义①中,也就是将「よる」理解为「よる(夜)」时,「よる(夜)」是上句当中「いさり火(渔火)」的缘语,此时行成想表达的是「渔火浮动的光亮反向衬映出夜色之深,因此萤虫得以知晓夜晚的来临。


在以掛词构成的双重含义②中,也就是将「よる」理解为「寄る(动词、靠近;推进)」时,此时行成想表达的是「海面渔火浮动的动态,侧面突显出海水卷席的动态,因此萤虫得以知晓浪潮的存在。


总结,「渔火的光亮衬托了夜色,渔火的浮动衬托了浪潮,是这两者使得萤虫知晓夜晚来临的同时,又知晓了浪潮的存在。」


所以内容方面真的是非常巧妙的构思了。


这首和歌的内容仅仅只是咏夏景,不存在感情方面的寄托,然而画面感却非常丰富,夜色与浪潮,动静相合,夜色与渔火萤虫,明暗交替,更重要的是上下句掛词缘语重叠相联,以至因果关系非常精到,「渔火的光」→告知萤虫「夜」的来临,同时「渔火的浮动」→告知萤虫「浪潮起伏」。以正衬反,以同衬异,总感觉也有某种来自自然界的哲理(?)


十五岁能作出这样技法巧妙的歌真的很难得了,完全可以与其父藤原义孝十三岁御前作歌「萩り上风はぎの下露」这件事相比,几乎让人疑惑大镜指出行成不擅和歌到底是真是假。


虽然行成后期的确没有再写过这样技法纯熟的和歌,但至少可以证明,行成少年时期为学习和歌所付出的努力并非徒劳无功。


藤原行成并不是作为歌人以和歌闻名的人物,但可见也并非传闻中那样歌技不堪,想来大概是他生活的时代恰逢各类歌仙辈出,对比之下才令他的和歌略显平凡了吧。


(当然行成写和歌的梗依旧是要玩的(不是))


【歌咏背景】:


(这首并没有什么特殊背景)


此歌作于宽和二年(986)6月10日内里歌合,藤原齐信、藤原公任、藤原道长也都出席了此次歌合。


行成此年从五位上,时年15岁(满14、将近15)。也有说法指出当时年龄计数法有别于现代,所以甚至有可能是13岁。但不管怎么样,可以确定的是行成写下这首歌时年纪并不大。


另外,『宽和之变』(花山帝退位事件)正是发生在此年此月的23日。


————


题外话,这里还想补充一种比较有意思理解方式,虽然对这首而言是脑补过度:


「なみ(名词,波浪)」音同「並み(名词,普通,一般)」,如果将这两者看作是掛词关系的话,结合「萤虫」在一些和歌里的意象是「为恋情焦灼自身」,就可以由此产生偏恋歌意义的新的理解。并且曾有「よる」与「しる」相联系的用法,意味着「男女の交わりをする」,那么引申一下大概就是「那像渔火般摇曳的光是世间一般的恋心,知晓(男女交往之事)的人是为恋情焦灼自身的人。」


陌上桑声

【平安深夜杂谈】美型男子指南

&是的我桑声又出来祸害人间

&不定期更新的平安深夜瞎叨叨

&本次内容轻微注水,因为我实在编不出词了

&我是不是又可以不更新了

&尝试一下在文章里面插入图片



       嘿嘿我桑声又回来了,最近搞到一本精装的《源氏物语》,心情激动之下又开始搞平安时代冷知识。老规矩,写哪儿算哪儿,随便瞎侃。这次我们来聊一聊平安时代的美型男子。

  首先我们来谈一谈平安时代对于美男子的标准,作为一名看过千年之谜和千年之恋的颜狗,在欣赏了海哥和Toma的盛世美颜之后我一直对光源氏光彩动...

&是的我桑声又出来祸害人间

&不定期更新的平安深夜瞎叨叨

&本次内容轻微注水,因为我实在编不出词了

&我是不是又可以不更新了

&尝试一下在文章里面插入图片



       嘿嘿我桑声又回来了,最近搞到一本精装的《源氏物语》,心情激动之下又开始搞平安时代冷知识。老规矩,写哪儿算哪儿,随便瞎侃。这次我们来聊一聊平安时代的美型男子。

  首先我们来谈一谈平安时代对于美男子的标准,作为一名看过千年之谜和千年之恋的颜狗,在欣赏了海哥和Toma的盛世美颜之后我一直对光源氏光彩动人的美男子形象深信不疑,直到我后来打开了源氏物语的图典……

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  爸爸我错了爸爸。

  当然,有一点我要提前说明,时代是不断前进的,人的审美观点也是不断改变的。彼时代冲王子摇扇的灰姑娘可能会是此时代丑陋的姐妹。我写本文的目的是为了浅层次的研究和供自己写文参考。行文上虽然会有戏谑调侃之辞,并没有要诋毁角色或者贬低作品的意思。这点还望各位观众姥爷明鉴。

  那么在平安时代我们要如何做一名美男子呢?大家都知道,评判一个男人是否属于美男子的标准是多重的。首先是相貌,从流传下来的源氏物语的绘卷里我们不难看出那个时代的美男子的相貌。平安时代的男子崇尚的是一种女性化的秀美,平时也是要化妆的,贵族会往脸上扑白粉,除了显得肤色白皙更加美丽以外,在当时幽深曲折的长廊和房间里可以提升一下容颜效果。

  通过观察绘卷我们不难发现,源氏物语里不论男女,都是清一色的蚕豆脸,浓眉,小眼,钩鼻(类似于く),樱桃小口。

         给大家夕雾的图来品鉴一下↓null

  在这里不得不提一下书里面的角色末摘花了,书里面把末摘花评定为丑女,因为末摘花额头向前突出,面色苍白,颧骨突出,一根鼻梁又细又长,甚至还在末梢微微向下卷曲,鼻梁末端甚至还有一点殷红的斑点。在那个崇尚女性面似银盘圆润饱满的年代,末摘花的长脸已经够煞风景了,更何况还有一个又细又长的鹰钩鼻子,实在是多维度高能核打击。

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       电影《源氏物语千年之恋》中的末摘花

  其实如果用现代人的眼光来看,我觉得末摘花未必就是绝对意义上的丑女,个人觉得末摘花的相貌应该是一副颇具异国风姿的瘦削的西洋女士形象,但是这种前卫的长法在当时的社会并不为世人所看好。

  提到美男子丰满的长相,就不得不提一下一幅画——《随身庭骑绘卷》,这幅画描绘了从平安末期到镰仓时代一直活跃的随臣们,某种意义上来说也算上是那个年代的美男图鉴了。根据平安时代的常识,只有出门有美型随从跟随的贵族,才算是有一套的贵族(这都是什么虎狼之词的常识)。当然,从这幅绘卷中,我们可以深切体会到什么叫做古今审美的巨大差异。

  比如,我们拿藤原赖长的随臣秦兼任来粗略品鉴一下……null

  我,我觉得他长得胖乎乎的,挺可爱的……

      再来一张镰仓时代的随臣画像~

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  世人对于美丽的标准还真是随着时代的变化而变化啊……

  当然,光有美丽的外表是不能打动美丽小姐的心的,在优越的先天条件的基础上,想成为美男子还需要进行进行后天的努力。从服饰上来说,平安时代的贵族的服装大都比较宽松柔软,后摆很——长,这样往身后一铺,就显得非常雍容华贵。

  其实我觉得女性的十二单也是这个道理,有句话说的好,能把加肥加大码穿出气质的人才是真正的美女。

  给大家几张图自行体会一下。null

   吉卜力动画电影《辉夜姬物语》里猫眼小侍女为前来求婚的公卿贵族抚平身后的衣摆(自带地毯??)null

  源氏物语绘卷中的柏木,怀里那只橘色的小家伙是他从三公主那里要来的猫猫。大家要是觉得不够华丽可以上下对比看一下,下面的图是柏木思慕的三公主,还有那只促成姻缘的猫猫(等等为什么猫变色了)

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  当然有了华丽雍容的服饰,要是身上再来点馥郁的香气那可就锦上添花了。男子和女子一样,衣物上也要熏香(想象一下烟斜雾横焚椒兰也的景象),在书中,衣香也是光源氏撩妹的一个重要手段。当然提到馥郁的香气,我们不得不提一下薰君,薰君天生体带香气,能浸透所穿的衣服,馥郁之气经久不散。(这是什么玛丽苏的人设,人形空气清新剂吗……)

  当然,在外貌上极尽阴柔之美,在言行举止就更要温婉柔弱了。从我看书到现在,光源氏给我的印象是多愁善感的,这种敏感的性格在书中很多男性身上都有体现。说实话我已经记不起他嘤嘤啜泣过几次了。说好的男儿有泪不轻弹呢啊喂?

  其实这种一言不合就掉泪的举止本质上来说是一种女性化的情绪表达,这大概和平安朝重文轻武崇尚阴柔之美的社会习气有关。一种细腻柔弱的空寂与悲哀,容纳着对人世间的不解与对自身的怀疑,甚至还有一丝轻微的颓废。这大概就是日式情调的感伤了吧?


一个不愿透露姓名的紫式部粉

我这也做个仅翻译向的整理。(和歌瞎翻)

原文:

円融院法皇うせさせたまひて、紫野に御葬送侍りけるに、一とせこの所にて、子日せさせたまひしことなど、思ひ出でゝよみ侍りける


紫の雲のかけても思ひきや

春のかすみになしと見むとは

作者:闲院左大将朝光

瞎编:

祥云紫野空中舞,怎料今日殊途?

荼毘烟漫离别路,终作春霞留不住

白话:

(还记得当初法皇行幸此处,)祥瑞的云彩遍布紫野上空。怕是连这些云儿都未曾预见今日之事吧?

未曾预见……这(荼毘之烟)如春霞般消散的景象……


原文:

遅れじとつねのみゆきはいそぎしを
煙にそはぬたびのかなしさ

作者:藤原行成

瞎编:

昔日唯恐伴君迟,步履常匆匆。

而今徒烟孤戚戚...

原文:

円融院法皇うせさせたまひて、紫野に御葬送侍りけるに、一とせこの所にて、子日せさせたまひしことなど、思ひ出でゝよみ侍りける


紫の雲のかけても思ひきや

春のかすみになしと見むとは

作者:闲院左大将朝光

瞎编:

祥云紫野空中舞,怎料今日殊途?

荼毘烟漫离别路,终作春霞留不住

白话:

(还记得当初法皇行幸此处,)祥瑞的云彩遍布紫野上空。怕是连这些云儿都未曾预见今日之事吧?

未曾预见……这(荼毘之烟)如春霞般消散的景象……


原文:

遅れじとつねのみゆきはいそぎしを
煙にそはぬたびのかなしさ

作者:藤原行成

瞎编:

昔日唯恐伴君迟,步履常匆匆。

而今徒烟孤戚戚,君侧空悠悠。

白话

过去我怕迟到,总是匆匆忙忙的。而这,是为了追随您,

如今,浩浩汤汤的送葬队内,竟无一人可以继续追随法皇(赴往黄泉) 就连这烟也……何其悲哉……


更多详情,详见https://scheherazade0703.lofter.com/post/1e03e81b_1c8865d5c 来吃口行成吧!!!!行成他!!!特别好!!!!连晴她为了行成真的好拼。让我觉得我为紫式部发的电还不够(土下座)




錦紅葉

円融院法皇うせさせたまひて、紫野に御葬送侍りけるに、一とせこの所にて、子日せさせたまひしことなど、思ひ出でゝよみ侍りける

(词书:送葬圆融院法皇于紫野,滞留一日,此地与子日御游乃是同地,遂生今昔之感。)


①左大将朝光

紫の雲のかけても思ひきや

春のかすみになしと見むとは


②大納言行成

遅れじとつねのみゆきはいそぎしを

煙にそはぬたびのかなしさ


——


【译】


※(索译)


①闲院左大将朝光


祥云紫野空中舞,怎料今日殊途?

荼毘烟漫离别路,终作春霞留不住。


②权大纳言行成


昔日唯恐伴君迟,步履常匆匆。

而今徒烟孤戚戚,君侧空悠悠...


円融院法皇うせさせたまひて、紫野に御葬送侍りけるに、一とせこの所にて、子日せさせたまひしことなど、思ひ出でゝよみ侍りける

(词书:送葬圆融院法皇于紫野,滞留一日,此地与子日御游乃是同地,遂生今昔之感。)


①左大将朝光

紫の雲のかけても思ひきや

春のかすみになしと見むとは


②大納言行成

遅れじとつねのみゆきはいそぎしを

煙にそはぬたびのかなしさ


——


【译】


※(索译)


①闲院左大将朝光


祥云紫野空中舞,怎料今日殊途?

荼毘烟漫离别路,终作春霞留不住。


②权大纳言行成


昔日唯恐伴君迟,步履常匆匆。

而今徒烟孤戚戚,君侧空悠悠。


【释】:

(过去我怕迟到,所以总是匆匆忙忙的,原因是为了追随您,如今,浩浩汤汤的送葬队,却无一人可以继续追随法皇(赴往黄泉)就连这烟也是,何其悲哉。)

当初唯恐自己迟到,故总是脚步匆忙的追随您的身影,如今再也无法同行了啊。引申:臣再也无法追逐您的身影,与您踏上同一旅途。如今送葬,烟也无法陪伴您去往黄泉之国。



※(晴译)


①闲院左大将朝光


祥云不测命途异,寄情春霞捎别离。


【释】

(法皇子日行幸之际,象征祥瑞的紫云漂浮在紫野的天空中。那些云彩,并没能预料到今日(不吉的死亡之事)。现在,为法皇送葬,将弥漫紫野的烟雾(荼毘之烟)视作春霞般短暂的事物来送别。)


②权大纳言行成


尝恐迟至匆赴会,今悲葬途烟难随。


【释】:

(我时常忧心来迟,匆忙赶赴随同您行幸,今日在为您送葬的途中,这徐徐上升的荼毘之烟无法追上送葬众人伴您随行,试想它该是何等悲伤啊。)

寓情于景:假如这青烟有心的话,一定也会为追不上您的送葬队伍而感到悲伤的吧,就像曾经一味忧心迟来将无法追上您行幸队伍的我一样。

行成见荼毘之烟,回想到曾经总是忧心迟到而追不上行幸队伍、匆忙随行法皇的自己,于是,深觉这无法追上送葬队伍的青烟,显得很是可悲。


【補记】:

正历二年(991)2月12日,圆融院崩御,送葬于19日。

藤原行成时年20岁,任左兵卫权佐一职。此歌是行成的和歌中数一数二的秀歌,抒情直接,悲痛溢于文字。

除勅撰集中『後拾遺和歌集 哀傷』有收录之外,也收录在『荣花物语(世继)巻四「荣华梦影」』『十训抄』『今昔物语卷24第40话 円融院御葬送夜朝光経讀和歌語』之中。

虽然『日本纪略』记载圆融法皇送葬地是在円融寺北原, 但大多数资料显示途中的确路过紫野。 

藤原朝光那首除『后拾遗和歌集』外,『朝光集』也有收录。那首里面,「紫云」是掛词,既意指「祥瑞之云」,又指「紫野的云」。


子日(子(ね)の日):

按照十二支中划分一月(旧历),第一个「子」日有年中行事,行事内容大致是去郊外原野踏青摘若菜。圆融院于宽和元年(985)2月13日举行的子日行幸在平安史中很出名。


【歌咏背景】:

圆融是村上帝的第五皇子,中宫安子所生的第三个皇子。除了冷泉帝和为平亲王两位同母兄之外,还有四位同母姐/妹。应和4年(964年)圆融幼年丧母,安子离世。此后圆融被安子之妹藤原登子(重明亲王妃)抚养,与资子内亲王等其他兄弟一同受到中宫权大夫的藤原兼通(安子之弟、登子之兄)的庇护。

守平亲王之兄冷泉天皇即位之后,围绕下一任皇太弟的相关事宜,藤原氏和左大臣源高明产生对立,康保4年(967年)9月1日,9岁的守平亲王立为太子,继而发生安和之变(安和2年,969年3月)源高明下台。将源高明之女娶为妻的为平亲王成了搁置状态,五个月后9月23日冷泉帝让位,守平亲王即位称圆融帝。即位后其同母姐资子内亲王成为一品准三后。

圆融即位时尚且年幼,所以太政大臣藤原实赖作为外戚就任摄政。天禄元年(970年)实赖故去,天皇的舅父藤原伊尹继承摄政。同3年(972年)1月3日完成元服(来自『日本纪略』)

伊尹在职一年左右离世,随后紧接着其弟兼通和兼家之间围绕关白之位展开激烈的斗争,圆融遵从亡母的遗训将关白委托给兼通。第二年4年(973年)兼通的女儿媓子入内立中宫,在冷泉帝时期,圆融被视作是「一代主」,即继承大统之人。之前一直照顾安子所生的皇子女的兼通作为天皇唯一的监护人上台。于是在圆融帝与关白兼通主导下形成了新的皇统。

贞元2年(977年)关白兼通身患重病,遵从兼通意愿,将并没有外戚关系的藤原赖忠视作关白继任。此举被看作是圆融遵从了兼通的权势,当时兼家让长女超子进了圆融的皇兄冷泉帝的后宫,而搁置了圆融。因此圆融帝将兼家一些旧事考虑在内,个人感情立场上更偏向于让自己的女儿遵子入内的赖忠。

但是在那之后,兼家意识到了这点,于是在天元元年(978年)让次女诠子入内,同年3年(980年)6月成为女御的诠子诞下了圆融唯一的皇子怀仁亲王(后来的一条帝)此前的天元2年(979年)中宫媓子薨逝,中宫职因此空缺,天元5年(982年)赖忠之女遵子被册立为中宫。兼家对此事心存隐怒,让女儿诠子携外孙怀仁亲王回自宅笼居不出。

之后大概也是出于反抗,圆融帝也在两次内里烧毁时拒绝依靠兼家,并将关白赖忠邸和已故兼通邸堀河殿(圆融退位后也将兼通邸作为仙洞御所)作为里内里,双方持续意气用事。

不久,圆融帝陷入与藤氏的势力之争,最终于永观2年(984年),以其子怀仁亲王的立东宫为前提,让位于皇兄冷泉帝的皇子师贞亲王(后来的花山帝),成为太上天皇。


上皇身份相对自由,所以在此期间圆融得以频繁行幸。诗会、管弦游宴、石清水八幡宫、石山寺、南都(奈良)诸寺祈福。


宽和元年(985年)2月13日,于紫野举行「子日御游」并令平兼盛、大中臣能宣、清原元辅、源重之、纪时文等人在内的当代著名歌人献上和歌。


行成这首和歌也就是在说这件事,圆融曾在紫野行幸,而后来崩御,送葬的路上也途径紫野:「当年您紫野行幸,我忧心迟来,匆忙赶赴。如今同样是在紫野,为您送葬的路途中,那无法追随送葬队伍伴您身侧的青烟,显得多么悲伤。」


(参考源:栗山圭子「兼通政権の前提-外戚と後見」)


顺带一提平安中期冷泉流与円融流的分系状态称之为「両統迭立(りょうとうてつりつ)」即指一国世袭君主的家系一分为二、交替即位的状态。

(「迭」是「たがいに」「かわるがわる」之意。)


錦紅葉

『行成集』● 总览

#给行成手动制作歌集(?×

#到处翻终于找齐了行成散落在各种歌集里的和歌(暴风哭泣)于是整理在一起。

————


①後拾遺和歌集


円融院法皇うせさせたまひて

紫野に御葬送侍りけるに

一とせこの所にて

子日せさせたまひしことなど

思ひ出でゝよみ侍りける 左大将朝光


紫の雲のかけても思ひきや

春のかすみになしと見むとは


大納言行成

遅れじとつねのみゆきはいそぎしを

煙にそはぬたびのかなしさ


②新勅撰和歌集 巻第十 釈教歌582


法成寺入道前摂政家に

法華経廿八品歌よませ侍りけるに、序品

権大納言行成

むか...

#给行成手动制作歌集(?×

#到处翻终于找齐了行成散落在各种歌集里的和歌(暴风哭泣)于是整理在一起。

————


①後拾遺和歌集

 

円融院法皇うせさせたまひて

紫野に御葬送侍りけるに

一とせこの所にて

子日せさせたまひしことなど

思ひ出でゝよみ侍りける 左大将朝光


紫の雲のかけても思ひきや

春のかすみになしと見むとは

 

大納言行成

遅れじとつねのみゆきはいそぎしを

煙にそはぬたびのかなしさ


②新勅撰和歌集 巻第十 釈教歌582


法成寺入道前摂政家に

法華経廿八品歌よませ侍りけるに、序品

権大納言行成

むかし見し花のいろいろちりかふは

けふのみのりのためしなるらむ


③続古今和歌集 巻三 夏256

寛和二年内裏歌合に 

権大納言行成

いさり火のうかべるかげと見えつるは

なみのよるしるほたるなりけり


④続古今和歌集 巻十六 哀傷1404

 

女のおもひに侍りけるころ、

石山にまうでてよみ侍りける 

権大納言行成

みやこにてまつべき人もおもほえず

やまよりふかくいりやしなまし



➄玉葉和歌集 巻七 賀歌1038・1039

 

従一位倫子六十賀し侍りける時、

后三人行啓侍りて人人

歌よみ侍りけるついでに

二条関白太政大臣

 

かぞふればまだ行末ぞはるかなる

千世をかぎれる君がよはひは

権大納言行成

めづらしきけふのまとゐは君がため

千世に八千代にただかくしこそ

 


⑥玉葉和歌集 巻十九 釈教歌2645

 おなじ品の心を 

権大納言行成

世の中にいでといでます仏をば

ただひとことのためとしらなん 



➆風雅和歌集 巻第十八 釈教歌2051

薬草喩品のこころを

権大納言行成

 くさぐさの草木のたねと思ひしを

うるほす雨はひとつなりけり


⑧新千載和歌集 巻第十九 哀傷歌2205(2204)

 

一条院かくれさせ給うてのちの春、人人

御念仏にまゐりて月のいみじう

すみのぼりたるに事はてていで侍るとて

  法成寺入道前摂政太政大臣

君まさぬ宿には月ぞ独すむ

ふるき宮人立ちもとまらで

 

返し 権大納言行成

いにし年こよひの月をみし時に

いとかく物を思ひやはせし


➈新拾遺和歌集 巻第七 賀歌714

東三条院石山まうでておはしましけるに

秋のつくる日人人うきはしといふ所に

まかりて帰りがてにして歌よみ侍りけるに

権大納言行成

君が世に千たび逢ふべき秋なれど

けふのくれをばをしみかねつも



(以上是已经入集的九首,以下是当时未入集的两首。)

大納言公任

ゆきかへる春をも知らず花咲かぬ みやまがくれの鶯の声

返し 権大納言行成

春深み み山がくれの花なしと いふにつけても わきぞかねつる(公任集00024)


明日御物忌なるにこもるべければ、丑になりなば悪しかりなん

後のあしたはの残り多かる心地なんする。夜を通して昔物語も聞え明さんとせしを、鶏の聲に催されて

いと夜深く侍りける鶏のこゑは、孟嘗君のにや

孟嘗君の鶏は、函谷關を開きて、三千の客僅にされりといふは、逢坂の關の事なり

『枕草子』「頭弁の職にまゐ給ひて」


大納言行成ものがたりなどし侍りけるに、内の御物忌みに籠ればとて急ぎ帰りて、つとめて「鳥の声にもよほされて」と言ひをこせて侍りければ、「夜深かりける鳥の声は函谷関の事にや」と言ひにつかはしたりけるを、たちかへり「これは逢坂の関に侍り」とあればよみ侍りける

皇后宮清少納言

夜をこめて鳥の空音は謀るともよに逢坂の關は許さじ(後拾遺集巻十六、雑二)

返し 権大納言行成
逢坂は人越えやすき關なれば 鶏鳴かぬにもあけて待つとか


③『权记』里的和歌,没有被收录入任何和歌集,所以署名会跟着时间阶段、任职官位的不同而变动。


皇后宮うせさせたまひし頃、成房少将につかはしける

                        右大弁行成     

世の中をいかにせましと思ひつつ 

起き臥す程に明け暮らすかな


返し                  


少将成房

世の中をはかなきものと知りながら 

いかにせましと何かなげかん



烤鱼拌葡萄.

平安风貌

来发个平安时代的时代风貌展示吧。


[图片]㈡
[图片]㈢
[图片]㈣
[图片]㈤
[图片]㈥
[图片]

[图片]㈧
[图片]㈨
[图片]㈩
[图片](十一)贵族女子十二单
[图片](十二)贵族女子十二单
[图片]下面这张好像就是平安时代的大内布局图吧。
[图片]


来发个平安时代的时代风貌展示吧。












(十一)贵族女子十二单
(十二)贵族女子十二单
下面这张好像就是平安时代的大内布局图吧。



一个不愿透露姓名的紫式部粉

憋了一周终于想出来的和歌翻译。

《千载和歌集》 卷十九  释教歌首歌  总一二零二

原文:ここに消え   かしこに結ぶ   水の泡の うき世に巡る  身にこそありけれ

作者:藤原公任

粗译:

水面漂浮的泡沫

此消彼结 往复回旋

正好似无依的吾身

泊于浊世 轮转无常


浊世:《法华经劝持品》言:世尊自当知,浊世恶比丘。此处浊世即五浊恶世。五浊即劫浊,见浊,烦恼浊,众生浊,命浊。

轮转:宗教语,轮回的意思。

无常:事物变化不定。生灭也处其中。《理惑论...

《千载和歌集》 卷十九  释教歌首歌  总一二零二

原文:ここに消え   かしこに結ぶ   水の泡の うき世に巡る  身にこそありけれ

作者:藤原公任

粗译:

水面漂浮的泡沫

此消彼结 往复回旋

正好似无依的吾身

泊于浊世 轮转无常


浊世:《法华经劝持品》言:世尊自当知,浊世恶比丘。此处浊世即五浊恶世。五浊即劫浊,见浊,烦恼浊,众生浊,命浊。

轮转:宗教语,轮回的意思。

无常:事物变化不定。生灭也处其中。《理惑论》:万物无常,有存当亡。


因为是释教歌,此首和歌创作背景必然和佛教有关。这里,藤原公任是根据《维摩经方便品第二》中所言的“是身如泡,不得久立。”作了这首和歌。

水泡在水上消失复结,再次成泡,然后,继续在水面漂浮,旋转。这个状态就和人在六道中不停轮回转世经历生老病死类似。《圆觉略钞并大智度论》中提到如来十力,其中有句“死此生彼,死彼生此。”我觉得用来形容这个状态就很恰当。

需要注意的是,我为了将原文中的缘语都翻进去,在译时稍微变动了下原文的语序。原文:消え,  結ぶ   泡  うき   めぐる全部都是水的缘语。也就是说,消失,凝结,成泡,漂浮,回旋。相当于将这个水泡存在的过程全部描述了出来。可以看做是水泡存在的知道轮回周期。如果要按照原文语序去翻那应该是

(就像这)此处消亡  彼处复结的水泡一般

漂泊于六道轮回中的   是吾身啊

可这就无法把浮き和巡る两种水的状态也翻出来了。所以我在尽量不变动原意的基础上颠倒了下语序希望不影响大家理解。

另外,这里紫式部那首一样,都出现了うき。又是一个巧妙的双关在。即作忧又作浮。在令人有忧感的世间(水面)漂浮。不仅在说水泡也在说作者自己。故我在此翻(编)成了,泊于浊世。我是这么理解的,佛教的五浊里有一浊名曰烦恼浊,而烦恼不漏尽势必忧愁。这样就能把うき的双关融进去了。应该不算太弄巧成拙

值得一提的是,在鸭长明的《方丈记》开篇也能见到这首和歌的影子。

ゆく河のながれは絶えずして、しかもゝとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとゞまりたるためしなし。

在此直接引用王新禧先生的翻译:浩浩河水,奔流不绝,但所流已非原先之水。河面於塞处浮泡沫,此消彼起,骤现骤灭,从未久滞长存。

非常贴合《维摩经》的“是身如聚沫,不可撮摩。是身如泡,不得久立。”

好了,折磨了我一周长时间的公任的和歌我终于编出来了。不愧是歌仙的和歌,有种被碾压蹂躏的痛苦。夸夸我好嘛?

感想如就是,和歌啊,还是藤原行成作的最好。掛词缘语序词枕词一概没有,从来不花里胡哨整虚的,内容通俗易懂体贴人心,这才是真的了解白居易的人!(是粉)

烤鱼拌葡萄.

㈡《繁华落尽.幻》

       “你倒是许久不曾来了,不知道的,还以为你晴明大人同我贺茂家生了什么嫌隙呢。”贺茂保宪笑吟吟打着一柄桧扇,作势轻摇两下,手中黑子啪嗒一声落于棋盘,眉梢上扬,揶揄着他的小师弟。晴明执了白子蹙眉思忖解局,抿唇笑而赔礼,“从那年之后,我心中阴郁,外出游历一段时日,确实是许久不曾回来了,倒还请师兄见谅。”口不对心,保宪轻抽嘴角,冷哼道“若非我让猫又将东西送去,你怕是依旧不知要躲着我贺茂府多久,”保宪话锋一转,重叹一声,“你就算再不愿来,这里,毕竟是你与妹妹长大的地方,她珍之重之的一切,都在这里封存着。”晴明苦笑摇头“睹物...

       “你倒是许久不曾来了,不知道的,还以为你晴明大人同我贺茂家生了什么嫌隙呢。”贺茂保宪笑吟吟打着一柄桧扇,作势轻摇两下,手中黑子啪嗒一声落于棋盘,眉梢上扬,揶揄着他的小师弟。晴明执了白子蹙眉思忖解局,抿唇笑而赔礼,“从那年之后,我心中阴郁,外出游历一段时日,确实是许久不曾回来了,倒还请师兄见谅。”口不对心,保宪轻抽嘴角,冷哼道“若非我让猫又将东西送去,你怕是依旧不知要躲着我贺茂府多久,”保宪话锋一转,重叹一声,“你就算再不愿来,这里,毕竟是你与妹妹长大的地方,她珍之重之的一切,都在这里封存着。”晴明苦笑摇头“睹物思人,平添哀伤,只盼师兄能告知沙罗遗物所在,晴明好将它取来。”晴明抬眸,撞见保宪的眼神,“遗物?”保宪啪的一声将桧扇合上,将扇尖抵着下颚,落棋,白子已陷入黑子合围之势,思及故人,保宪声音低沉地“哦”了一声“都在东阁好好放着呢,一直是原来的模样。”保宪凝眉一呵,神色颇有些抑郁,“安倍晴明,你还是跟从前一样,非要到最后给我来个当头一棒!”晴明使劲压下疯狂上扬的嘴角,眸间水光潋滟,透过一丝狡黠。观那棋盘之上,白子不知何时已悄然逆了局势,重组江山。“师兄啊,纵观黑白二子,纷杂耘扰,若无胜算,又何来求胜之心。师兄,承让了。”这话听得保宪愣神片刻,晴明已迈着缓步往主厅去了。

       贺茂坻修的漂亮,早春的时节,沿着回廊而行,步步盛景,风飘过时,樱树起舞扬瓣雪。式神合子已在门前恭候,见他而来,忙将他请了进去。晴明见到那上首阖眼而坐身着深蓝直衣的忠行,心中感慨,躬身见礼,“师父大人,晴明来见您了。”忠行猛然睁眼,急急起身,踱步到晴明身前,颤抖地按住他的双臂,面上是掩都掩不住的喜悦,一向如水的气度尽失,连连颔首。这个人,晴明一直是感激的,拜师,授术,嫁女…恩情太多,他已无法清还。师徒久别重逢,自是要好好叙旧的。

       晴明拜别忠行后,一路往东阁而去。那是沙罗曾住的地方,亦是她魂散之所。晴明立于东阁院中的八重樱树下,脸色惨白,心上的哀痛压得他的几近喘不过气,伊人倩兮袅袅婷婷,他心下一惊。

      “晴明,你瞧。我这个串子编的好不好?嘿嘿,这可是我特意去和从唐土回来的苏御姬君学的呢。”沙罗笑宛如暖阳,柔柔地铺洒在他心底。面前的她轻扯着晴明的衣袖,面色间划过一丝紧张和期待。

       沙罗等了半响,却没等来眼前人的一句回答,撇了嘴,面色愠怒,“晴明,我问你话呢。你听到没有,你这么无视我,我可是会很生气啊。”须知晴明并非不理她,乃是有些发懵,是梦,那就让他永远不醒好了。晴明揽了她,抚过她额头的碎发,轻吻额角,久久停留,道不尽的眷恋不舍,“沙罗自然是漂亮的。”沙罗别扭在他怀里蹭了蹭,抬手细细捋平晴明素白狩衣的小小褶皱,“没让你说我…”顿了顿,脸颊有些泛红,颇是不好意思地挠了挠头,“可是,你这么夸我,我很开心。”沙罗抿嘴,挣脱出他的怀抱,拍了拍晴明的肩头,向后退步,“晴明,我该走了。”

       “沙罗,你去哪?!”晴明慌忙去拉她,指尖拂过她那绚丽繁多的十二单袖口,袖口处绣着的烟云樱纹重重叠叠,晴明伸手去抓,却只触到一片虚空。贺茂沙罗的周身泛起点点白光,卷起她的裙摆。她摊开手,那赤红的编绳手串静静躺在她的手心,沙罗尽量让自己看起来笑的轻松,那朦胧的双眼却抑制不住决堤的泪水。“心有双丝网,中有千千结。晴明,珍重。”


——————————————————————

标注:

①写的时候突然想起来一出事,根据日本平安时代小说《源氏物语》记载,那时候人们成婚很早。但是吧,作为一个正儿八经的中国人,我实在接受不了女子十三嫁人这个设定,我会尽量避免去涉及成婚时年龄问题,希望见谅哈。

②关于日本平安时代的剃眉毛,涂黑齿,我这文里不会出现…好吧,尽量避免,估计不会出现。至于那些比如物忌,避吉方之类的风俗,如果有涉及此方面,我会尽量还原,不去改动,毕竟传说那时候平安京鬼魅盛行,平安京的人们还是很信这个的。

③平安京的贵公子可都是很风流多情的呢,当年看《源氏物语》可是把我惊的不轻。花笺情信什么的在贵族男女之间也挺常见,哈哈,如果有什么意见,欢迎赐教哦。

④“心有双丝网,中有千千结。”一句出自我国宋代张先的《千秋岁·数声鶗鴂  》,不过我记得日本的平安时代中期对应的是我国五代十国到宋朝这段时期,哈哈,凑合着看吧。

⑤贺茂沙罗,的确是我国同人文虚拟的一个人物,还是那句话,不喜勿入啊。


   

谨以此文,全我年少一段遗憾。     

烤鱼拌葡萄.

㈠《繁华落尽.追》

       夜月,平安京。

       “你怎么来了,猫又?”晴明轻抿酒盏,抬眼睨了一眼那由黑猫变成的少年,勾唇调笑道:“莫不是师兄他又撩拨了哪家的姬君,嫌你碍事,将你丢出来了?”白色狩衣随着风飘扬,卷起片片八重樱翻飞,少年眼角微红,仰首望月,这容色似雪的白狐之子的笑本该冷艳无双,却无端让人感到一丝凄凉与落寞。

        猫又瞧着晴明这幅模样,心中叹气。猫又想起来...

       夜月,平安京。

       “你怎么来了,猫又?”晴明轻抿酒盏,抬眼睨了一眼那由黑猫变成的少年,勾唇调笑道:“莫不是师兄他又撩拨了哪家的姬君,嫌你碍事,将你丢出来了?”白色狩衣随着风飘扬,卷起片片八重樱翻飞,少年眼角微红,仰首望月,这容色似雪的白狐之子的笑本该冷艳无双,却无端让人感到一丝凄凉与落寞。

        猫又瞧着晴明这幅模样,心中叹气。猫又想起来听说的一些事情。许多年前,他还没有做保宪大人的式神,那个时候,保宪大人曾有过一个亲妹妹,她的闺名唤作沙罗。沙罗,很好听的名字。那后来,沙罗姬君去哪里了呢,家主忠行大人从来不提,保宪大人和寂心大师闭口不言,缄默再三。后来时日久了,猫又无意听到了在贺茂家侍奉多年的女侍的闲谈……原来,姬君是嫁于了家主的得意弟子晴明大人了啊。可是后来有一次,保宪大人派他来给晴明大人递些话,他没有见到沙罗姬君,平安京的礼节,女子不得轻见外人,这他知道。可令猫又觉得疑惑的是,晴明大人的家宅却有些不对劲,式神来往的匆杂簌簌声中,他在内室见到了那传说中的白狐之子——安倍晴明。他是猫妖,眼尖的很,临走时无意中瞟见室中没有半点女子的物件,心下大疑,他没有问晴明大人。他将此事回去问了自己的主人。贺茂保宪当场愣在那儿,手一松,攀着的樱花扑簌了两下,落下娇粉的花雨,沾了他二人的肩,仆仆洒洒地落地。保宪静默了很久,久到猫又差点以为他是不是睁着眼梦游,半晌,保宪转过身去,声音暗哑,涩然问他:“可有将此话问了晴明?”他连连摇头。保宪点头,“那就好。”再没了下文。保宪端起一只空茶杯,手看着有些发颤,带着杯子都在轻微晃动。保宪背对着他,直将杯子往口中送,猫又终于没憋住,“大人,茶盏是空的。”保宪又是一怔,什么都没说,放下茶盏就起身离开,只留一地的残花,一派狼藉。猫又瞟见那原本空的茶盏却泛着水泽,那是保宪之泪。八重樱趁着三月的旖旎,美景却无人赏,可惜,可惜。后来,猫又再没探听此事。

       往事不可追,一追就没个尽头。这几年,他猫又心性不似从前那般懵懂,大抵也猜到那姬君怕是红颜薄命了。“猫又?”猫又猛抬头,面前斜坐的男子挑眉,“你这模样,莫不是我猜对了不成?”那声如似竹林清风划过耳畔,他抽了抽嘴角,“晴明大人,休要拿我说笑了。”猫又恭敬躬身见礼,“猫又此番夤夜前来,是奉了保宪大人之命,为了宫中主上的藤壶妃嗣子一事请您明日过府一叙。”晴明闻言,神色未变,搁下酒盏,语气染上一丝不耐,“只要那男人不再平添罪孽,那孩子自会平安,何须来请阴阳师。”猫又心中暗道,保宪大人果然有先见之明,“师弟若是不愿来,你且将此物予他。”猫又忆及他来之前贺茂保宪挑着一双桃花眼,打着桧扇掩去半面风流,笑意盈盈将木盒交于他,细细告诉他怎样将自家师弟诓来,此等恶劣事迹,“这,有用吗…”“他若是见到此物,一定会来的。况且父亲大人也想见见他。哦呵呵……你去吧。”

       “晴明大人,保宪大人吩咐,要将此物亲交到您手中。还请大人看过之后,再行定夺。”猫又将泛着樱花气息的木盒递上,晴明看清了那木盒的纹式,心跳漏了一拍。脸色泛白,气息不稳,颤着手接过,缓缓打开,果然是她的东西……

        猫又并没有看到那是什么东西,只看到月色下的晴明大人脸色白的几近透明。不久,晴明压下木盒,双手按的血色全无,不知用了多大的气力,“说起来,我也很久未去和师父见礼了,就明日吧。”这便是答应了。

        猫又再一躬身,回去复命去了。

        廊下,晴明起身,一手死死握着那木盒,另一只手接下空中飘落的八重樱花瓣,“花开花落飞,尤似故人来。沙罗,樱花开的繁盛呢,你不是答应要陪我赏花吗,花已开,你又在哪呢…”

        “终是年年樱瓣飞,花屑化作尘啊……”



————————————————————

标注:

①本文女主人公贺茂沙罗乃是虚构人物,如不喜,请勿入,勿喷。

②本文会结合一些关于安倍晴明的史料,在原史料的基础上进行添改修补,如有大型错误翻车现场,欢迎指正。

③“年年樱瓣飞,花屑化作尘”出自日本诗集《洒落堂记》。因为本人文采不够,在这个短篇中会进行大量和歌引用,但只要不是自己所写,一定会在每篇文后进行标注。


谨以此文,全我年少一段遗憾。

陌上桑声

【杂谈】由《阴阳师》想到的《今昔物语》

&友情提示:此文可用作一个排雷指南

&私心打个博晴的tag

&搞这个玩意儿真的不容易,还望各位观众姥爷一键三连支持一下。




掉进阴阳师坑这么久今天突发奇想来写一点有关阴阳师的杂谈。

  当然提前声明一下,这是梦枕貘的小说《阴阳师》而非手游向,因为操作太菜所以游戏一直处在半死不活的状态。花了一周的时间刷完目前能搞完的小说,然后大致整理了一些奇奇怪怪的内容。

  原著的风格我很喜欢,梦叔叙述文章的笔调是一种很清淡古典的笔调。在小说里面你很少看到大段感情的描写或者作者本身的评价(啊当然吹晴明和博雅彩虹屁的时候除外),展现在读者面前更多的是直白的客观的描写。...

&友情提示:此文可用作一个排雷指南

&私心打个博晴的tag

&搞这个玩意儿真的不容易,还望各位观众姥爷一键三连支持一下。




掉进阴阳师坑这么久今天突发奇想来写一点有关阴阳师的杂谈。

  当然提前声明一下,这是梦枕貘的小说《阴阳师》而非手游向,因为操作太菜所以游戏一直处在半死不活的状态。花了一周的时间刷完目前能搞完的小说,然后大致整理了一些奇奇怪怪的内容。

  原著的风格我很喜欢,梦叔叙述文章的笔调是一种很清淡古典的笔调。在小说里面你很少看到大段感情的描写或者作者本身的评价(啊当然吹晴明和博雅彩虹屁的时候除外),展现在读者面前更多的是直白的客观的描写。用寥寥几笔勾勒出当时的场景,把故事中正在发生的情节直接转播给观众:喏,就是发生了这些事。我不做评价,你们自己看吧。

  这是我看《阴阳师》最直观的体会。梦叔的文字就是这样,清淡,冷静,飘忽不定又难以捉摸。这和晴明的性格很像,一个像云一样飘忽不定的男子。

  可能是因为故事设定的背景使然吧,这是一个风流典雅又黑暗遍布的时代,民智未开,在举办和歌会的地方,饿殍怨灵化作的恶鬼也在悄然作祟。这里是平安京,一个高尚又龌龊的地方,王子和贫儿生活在同一屋檐下,矛盾而协调地存在着。

  不过我写此文的目的并不是来讨论平安时代的等级制度的,今天我只是想粗略谈谈一本经常出现在小说注释里的一本书——《今昔物语》。

  这是一本有关平安时代的物语集,关于它的基本介绍,我在这里不做过多的赘述,《今昔物语》对于后世日本文学创作的影响是巨大的。如果你读过芥川龙之介的作品,那你一定知道《罗生门》,《鼻子》《丛林中》《山药粥》……芥川大约五分之一的作品取材于《今昔物语》。这是一部备受奇幻作家青睐的书。

  那么《今昔物语》在《阴阳师》中又是如何体现的呢?作为一个十八线同人写手,为了拓展素材,我开始阅读《今昔物语》,之后有感而发,参考其中的一个故事进行创作。后来某一天我翻看原著,非常微妙地发现:我和亲爹撞车了。

  我们用了同一个故事。

  或许这只是我运气背,《今昔物语》里一千零四十个故事,嘉木繁多我偏偏非得在一颗歪脖子树上吊死。于是我那没什么意义的考究癖又犯了,今天下午闲的没事的时候,我整理了一下原著里和《今昔物语》有关的故事,时间仓促,本人的能力也有限,篇目可能不全,欢迎各位在评论区补充。

  !!!!剧透预警!!!!

  目前在《阴阳师》中涉及《今昔物语》中故事和情节的有:

  &卷二十四第二十四篇《玄象琵琶被鬼盗去》 

  &卷二十四第二十三篇《源博雅朝臣慕曲往见会坂的盲人》

  上面这两篇是书里有关博雅的,第二篇也涉及到了大家的老熟人蝉丸法师,全书有关博雅的只有这些。

  &卷二十五 十九篇《播磨国的阴阳师智德和尚》

  记得智德法师吗?就是那个想戏弄晴明不成最后反而被晴明收走式神的人,其实他的道行也蛮高但是和晴明一比还是占于下风。

  &卷二十五 十六篇《安倍晴明随忠行学道》

  有关晴明身世经历的参考,在文中多次出现。也是《今昔物语》里有关晴明的两篇记载里仅存的一篇。

  &卷二十 二篇《震旦天狗智罗永寿越海来日本》

  这是《治痛和尚》里出现的天狗,后来被晴明制服了,羽扇还被人家拿去了。

  &卷十九 四十四篇《达智门下白犬哺弃婴》

  在《犬圣》中出现过,一起出现的还有保宪师兄出家做和尚的哥哥。

  &卷二十三 二十五篇《力士成村与常世决胜负》

  没记错的话应该是在《生成姬》前面的部分出现过。

  &卷二十四 十五篇《贺茂忠行传道其子保宪》

  有关大师兄的,全书有关记载里仅存的一篇,原著里撸猫的师兄好可爱。

  &卷二十七 三篇《桃园府抱柱洞中婴儿手招人》

  《桃园木柱节孔婴儿手招人》的故事原型,基本情节没变,当然,这只招来招去的手也在阴阳师电影的第一步中出现过,不过不是婴儿手,倒是一只绿莹莹的鬼手。

  &卷二十七 五篇《冷泉宫中水精变幻人形被捉》

  大家记得《黑川主》里面遁水而逃的水獭精黑川主吧?这项奇特的逃生本领原型在这里。

  &卷二十七 十九篇《恶鬼变油瓶害人》

  出现在《栀子女》晴明和博雅的闲聊里,晴明又开始和博雅谈咒了。

  &卷二十七 二十一篇《美浓国纪远助遇女鬼丧命》

  大家还记得《缠鬼》里面那个装着眼睛和不可描述部位的小盒子吗?

  &卷二十七 四十五篇《近卫舍人在常陆国山中咏歌而死》

  《山神的供品》里故事的原型,也是我和亲爹撞车的一篇。不过梦叔的故事里主角是道满而不是晴明。

  &卷二十八 四十篇《老翁用法术盗瓜》

  《瓜仙》里贺茂忠行大人的朋友,晴明的长辈丹虫法师嘿嘿。丹虫法师真会,送杯还送一对。

  &卷二十九 二十五篇《丹波国守平贞盛摘取胎儿心肝》

  《泷夜叉姬》里的故事不解释,小说里也有明确的提及。

  &卷十二 三十一篇《逝世僧肉舌不烂山中念法华》

  《骷髅谈》里念法华经的僧人,故事里的很多情节都与小说相呼应。

  个人统计,多有纰漏,欢迎补充指正。

  那么我写这个的目的究竟是为何呢?很简单,如果你和我一样想拓展视野又恰好在看《今昔物语》的话,此篇可以作为一个扫雷指南,毕竟和原著撞梗是个很尴尬的事,就算是无意而为之也会招来一些不必要的麻烦。来自一个差点翻车的咸鱼的衷心劝告。


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【阴阳】邪妖猫又 12 (7~8)

(七)


“师傅,这里是哪里?”


等他追上的时候,龙马很悲催地又浑身湿透,跟他一样的还有比他快一点点到达的人。


樱乃摇摇头表示不清楚,好奇地打量这个地方,猴子们都已经跑进去,她停在洞穴门口没有立刻进去的原因是在等他。


外面的大雨横飞,而里面……乌漆嘛黑的。


“我们进去看看。”樱乃率先往里面走。


“嗯。”龙马跟上。


没有火折子,洞穴黑漆漆的没有可见度,好几次樱乃差点被地上的石头绊倒。


“师傅,我走前面吧。”


龙马扶住她,牵起她的手走在前面...

(七)

 

“师傅,这里是哪里?”

 

等他追上的时候,龙马很悲催地又浑身湿透,跟他一样的还有比他快一点点到达的人。

 

樱乃摇摇头表示不清楚,好奇地打量这个地方,猴子们都已经跑进去,她停在洞穴门口没有立刻进去的原因是在等他。

 

外面的大雨横飞,而里面……乌漆嘛黑的。

 

“我们进去看看。”樱乃率先往里面走。

 

“嗯。”龙马跟上。

 

没有火折子,洞穴黑漆漆的没有可见度,好几次樱乃差点被地上的石头绊倒。

 

“师傅,我走前面吧。”

 

龙马扶住她,牵起她的手走在前面。

 

樱乃安安静静地跟在龙马的后面,依稀能看到比她高大的身影正小心翼翼地观察环境,那亮如明星的黑眸无法被黑暗隐没。

 

感受着手上传递过来的温度,手不由得收紧,唇角高高扬起,眼底的愉悦之情再明显不过,嘻,龙马主动牵她的手了。

 

望着紧紧相握的手,樱乃只觉得心口温热温热的。

 

龙马的声音打断她的思绪,他说,“师傅,温度变高了。”

 

“哈!?”

 

樱乃没反应过来,摸了摸发烫的脸颊,原来不是心在发烫啊。

 

空气中弥漫着一股硫磺的味道。

 

洞穴的尽头一道白光驱赶所有的黑暗,映入眼帘的是一颗参天的大树,树干底下遍布大大小小的滚烫的灵泉,有好几处的地方建了小房子,泉水微微发光,再加上地上一大堆金灿灿类似黄金的东西,让这洞穴亮如白昼。目光逐渐往上,树干上搭建各种不同大小的房子,树顶枝叶繁茂,仔细瞧的话可以看出里面隐藏了一间十分巨大的宫殿。

 

所有的猴子都爬在树干上看着他们。

 

龙马和樱乃相互交换眼神,他们……这是闯进猴子洞了!?

 

一片紫色的花瓣缓缓飘落……

 

两片紫色的花瓣缓缓飘落……

 

无数紫色花瓣缓缓飘落……

 

头顶处突然下起花瓣雨……

 

只见,一个小小的男孩身影出现在他们的视线里,他奶声奶气地喊了一声,“龙崎”往下跳。

 

樱乃下意识地伸手接住,小小的人儿从她怀中抬起头露出他稚嫩的小脸庞,小男孩长得十分俊俏,紫灰色的头发湿漉漉的有些凌乱,深蓝色的眸瞳深邃明亮,即便如此也挡不住眼角那迷人的泪痣,头顶上的耳朵随着他的好心情一跳一跳的,脸上挂着大大的笑容。

 

“你是……小猴子!?”樱乃十分惊讶。

 

“是我,是我,十几年没见,你果然没有忘记我。”小男孩在她怀中蹭蹭,身后的尾巴一摇一晃地别提他多开心。

 

龙马十分吃味地盯着这个又突然跳出来的小男孩,他怎么又跑到师傅的怀里,还在那里蹭……蹭蹭蹭……蹭什么蹭……他是暴露狂吗?怎么只穿着一条裤衩?还是紫色的裤衩,他是变态吗?他是不是在揩油?不知道男女授受不亲?

 

就在他受不了要过去揪他出来的时候,有一道声音打断了他的动作,“龙崎大人……”

 

好了,又一个暴露狂出现了。

 

龙马见来人身形强壮高大,大约有两米多高,跟小猴子一样同款赤裸着上半身,胸前的刀疤……

 

樱乃下意识地撇开眼睛,非礼勿视,不用明说,这人肯定是那只巨大的猴子!?

 

遇到认识自己而自己不认识的人,樱乃都会回以礼貌的招呼,“你好。”

 

只见此人向她行礼道歉,他说,“我家大王顽劣,叨扰到龙崎大人请见原谅。”

 

这人弯下身依旧比她高出许多,就像一座小山似的,无形之中给予她一种压迫感,樱乃连忙摆摆手,“没有,没有,小猴子非常的乖巧可爱。”

 

“桦地,竟然敢对我如此不敬,我允许你重新组织语言再说一次。”

 

迹部脸上哪里还有笑容,眯着眼发出警告的光芒,竟然敢说他顽劣,不想活了是不是。

 

闻言,桦地惶恐地跪下,“小的不敢。”

 

…………

 

“那个……”樱乃欲言又止,因为她抱着迹部,所以这跪拜是对着她的,这让她突然很尴尬。

 

“哼。”迹部这才满意地摆摆手让他起来。

 

接下来,经过一番交谈,樱乃这才了解清楚情况。原来这里是猴子山的中心,小小的人儿迹部景吾是先王留下的遗孤,现已经继承王位。

 

而十一年前,自己曾出手相救过他,自上次分离之后,他一直记挂着樱乃。

 

龙马听着这狗血的剧情,小声地吐槽,“继承王位?猴子山的大王?得意什么,还不是一只死_猴子。”

 

突然,一个犀利的眼刀向他飞来,那又如何,龙马不甘示弱地瞪回去。

 

迹部景吾的深蓝色的眸光不动声色地闪过一抹灵光,给它的臣民们眼色。

 

突然,一个小身影突然打断龙马的瞪眼,只见脚边有人在拉他的裤脚。

 

低头一看,原来是另外的小猴子,它虽然还不能化人形,但已经能开口说话。

 

“大哥哥,我们能跟你玩吗?”

 

这小猴子扎着一条小小的朝天辫,眼睛圆溜溜的,样子比那丑猴子可爱多了。

 

听到它想要跟自己玩,龙马倍感安慰地觉得终于有猴子欣赏他的好了,连忙给予肯定的回答,“当然可以。”

 

“太好了。”小猴子兴奋一叫,跳进他的怀里。

 

龙马还没来得及帮它顺毛,头顶上传来一道道惊呼声,“我来啦。”“我也来啦。”“我也是。”

 

第二只。

 

第三只,第四只。

 

第五只,第六只,第七只……

 

越来越多的猴子犹如泰山压顶般地跳到他的身上。

 

“唧唧唧唧……”它们兴奋地在他身上跳来跳。

 

“师傅……”龙马被压在最下面喘不过气来,艰难地伸出求救的双手。

 

樱乃礼貌又不失尴尬地微笑,“小猴子,您……您家的孩子……可真是热情。”

 

“龙崎,我允许你喊我迹部,我族难得有客人到访,所以难免有些热情,等新鲜劲过去就好。”

 

迹部完全不在意被猴群压制的人,嘴角微勾,哼,竟然敢说我的不是。

 

他跳回桦地的肩上开始带樱乃参观猴子山。

 

见他如此说,樱乃不再好说什么,其实她好想问问要多久新鲜劲才会过去,她徒儿什么时候才能脱离苦海。

 

她虽然想过去救水深火热之中的人,但胆怯地不敢离开迹部太远,因为在树上还有一群年幼的雄性小猴子虎视眈眈着,想要表达热情但好像在惧于迹部的存在而不敢靠近。

 

她总不能说,我不要参观什么猴子山,我想到回到龙马身边聊天吧,可他很明显对此状况视若无睹,所以徒儿您自求多福吧,赶紧自个儿挣脱跑过来,现在只能靠你自己了。

 

可看那趋势,龙马一时半刻也过不来。

 

此时的龙马终于知道,师傅以前为什么宁愿多花费点时间也不愿意走这条路的原因了。

 

迹部与樱乃交谈叙旧一番过后,非常贴心地让人带她去泡温泉,解解寒。

 

(八)

 

鼻尖环绕的是淡淡的硫磺香,雾气氤氲、纯天然的温泉浴汤,喷涌的泉水清而沸,樱乃伸手试试温度,水就像温暖的小太阳,十分适合解被雨淋湿的寒意。

 

整个浴汤只有她一人,樱乃脱下衣服缓缓地走进浴汤里,身后的长发沾湿在水中飘散,泉汤温暖地滑过肌肤顿时剔除了身上的寒意,舒适得不禁合眸感叹,“真舒服。”

 

正当她想闭目养神时,门外传来一道急促的脚步声。

 

“嘎啦……”

 

木门被人推开又再次合上,噗通一声响起一道水花声,溅起十分巨大的水花。

 

樱乃惊呆在那里还来不及做出反应,此时门外响起更加密集的脚步声,询问声从外传来,“请问龙崎大人有见到越前大人吗?”

 

听到这话,樱乃这才看清闯进来的人是谁,不就是门外在找的人吗?

 

龙马躲在水里不敢冒头,在水里频频向樱乃打手势——没有,没有。同时心里着急她们不会这么变态闯进来吧!?

 

她们……确实太热情了些。

 

见他被逼成如此模样,樱乃心生不忍,难得地说谎,“没……没有。”

 

“那叨扰龙崎大人了。”

 

不等樱乃的回话,哗啦啦,门外密集脚步声离开。

 

“呼……谢谢师傅。”

 

龙马顿时从水里冒出头,感谢地说。

 

“不……不客……”

 

樱乃神经大条地回答,‘气’字还没发音成功,顿时反应过来有什么不妥,立刻尖叫出声,“啊……你给我……”出去。

 

作为另外当事人的龙马,心有余悸地惊魂未定,哪里有闲功夫发现有什么不妥,见樱乃要尖叫立刻将她拉过来捂住她的嘴巴,“嘘……师傅,安静点。”

 

她们应该还没跑远,他眼神惊恐地看着门外,就怕被她们回来。

 

“唔唔唔……”

 

感受到放在腰间处的手,樱乃瞪大酒红色的大眼睛,脸迅速涨红得厉害。

 

“咯咯……”门外此时传来敲门声。

 

“龙崎大人,请问是不是见到越前大人了?”已经换了一道声音。

 

“唔……”樱乃无法说话。

 

“师傅,不要。”

 

龙马身体一僵,瑟瑟发抖地祈求,他的目光紧紧地盯着门口,她们不要冲进来,呜呜呜……他不想再被猴子追。

 

门外的人没有离开。

 

樱乃示意他松手,声音颤抖地回答,“没……没有。”

 

此时门外再次响起一道声音,“你们在干什么,找人去其他地方找,别惊扰龙崎大人。”

 

“是。”

 

“呼……”

 

见她们终于走了,龙马彻底地松口气,回过头,略带指责的语气,“师傅,你竟然丢下徒儿自己过来泡温泉,太不……”讲义气了。

 

后面的几个字自动消音。

 

水下隐隐约约的是一双手怎么都挡不住的春光,无论樱乃现在的记忆如何,可无法否认那已经成熟的躯体是那么的诱人。

 

气氛一阵静默,静得仿佛连一只蚊子飞过都能听得清。

 

龙马呆呆看了好几眼才连忙放开她道歉,“对……对……对不起。”

 

“给我转过身去。”不难听出这是樱乃恼羞成怒的声音。

 

“是。”

 

龙马一个指令一个动作,听话地迅速地转过身,可转过去之后呢?

 

气氛又一阵静默。

 

他刚刚……他刚刚……不由低头看着自己的双手,上面仿佛还残留着刚刚柔滑的触感,师傅的腰原来这么细的,还有胸膛处的高高耸起的……

 

龙马整个人像煮红了的小龙虾,脑袋发懵,不知该如何是好。他怎么就这样慌不择路地跑进来了,回想起之前他和吃心鬼一样闯进浴汤,师傅会不会生气?他还是先道歉吧,吞吞吐吐的声音出卖了他的不淡定,“师……师傅……对不起……我……我不是……故意的。”

 

“住口,不许再说话……在……在我穿好衣服之前,不许说话,不许回头,不许偷看。”

 

樱乃这话带着颤音,不知是生气的还是……可龙马哪里还有空闲的心情分析,不敢发问安静地呆着,听着身后传来她离开浴汤的水声和穿衣声,心砰砰砰地跳着。

 

“好了。”

 

听到头顶上传来的声音,龙马这才回身看她。

 

岸边,樱乃紧紧抓着衣领,侧低着头躲避他的目光。

 

只见她颊边染上两朵桃红就像春日里的桃花,粉嫩又娇艳,让他移不开目光。

 

不知是否因为樱乃穿衣得太过于匆忙,身上的衣服有些凌乱,也不知是否因为身体没有擦干的原因,衣服异常地贴合肌肤,傲人的身材依旧展露无疑,酒红色的头发还在滴着水珠……

 

不知是否因为他的目光太过于炙热,还是什么,樱乃脸上的嫣红更加得红艳,仿佛能滴出血来……

 

“还……还看,不许再看……”

 

“啊,是……”

 

龙马赶紧移开了目光,觉得泉水滚烫了不少,其实他哪里还好意思说别人,自己也好不到哪里去,整个人要熟了。

 

等他再次抬起头时。

 

“龙马。”

 

“师……师傅,你……怎么在这里?”龙马变得口吃起来,她,她不是上岸了吗?

 

池雾环绕,水波撩动,原本在岸上的樱乃不知何时又回到他的身侧,裙衣褪去,眸中秋波闪烁,正深情款款地看着他轻笑,声音款款,“不是你自己跳下来的吗?”

 

“我……”龙马脑袋一转,好像确实是他自己跳进汤泉中的,可是……

 

只见樱乃雪白如藕的双臂不知何时已经环上他的腰际,顿时打乱了他的思绪,呼吸一促脑海中一片空白。

 

“哈,我们都这么熟了,为什么还如此紧张。”感受到怀里人的僵硬,樱乃莞尔一笑,侧身趴在他的胸前,听着他急促的心跳声,纤长的手指在他胸膛画圈圈。

 

紧张!?他不紧张才怪,师傅竟然……竟然……这般对他,这让他如何不紧张。

 

樱乃主动地抓着他的手环上她的腰身,温热的呼吸落在他的脖子上,“龙马,为师这样做,你欢喜吗?”

 

声音缥缈魅惑,龙马不由晃了神,纤瘦的腰身单手就可以环住,垂眸看她,水下那若隐若现傲人的双峰正抵在他胸膛之上,绵绵软软的触觉让他喉结不自觉地滚动,声音沙哑老实地回答,“欢喜。”

 

樱乃抬眸久久地看着他,眸光微转,“竟然你欢喜,龙马,为师想要亲你,可以吗?”

 

龙马喉结滚动,不由陷入诱惑的眸瞳里,无法拒绝,“可……可以。”

 

“那你闭上眼。”樱乃羞涩的脸颊爬上一抹嫣红。

 

“好。”龙马羞涩地闭上眼睛,嘟起嘴等待亲吻的落下。

 

可亲吻迟迟没有落下。

 

“龙马。”

 

“龙马。”

 

“龙马。”

 

耳瓣依旧传来熟悉的呼唤声,一声比一声急促,仔细一听,还有咚咚的敲门声。

 

龙马顿时睁开眼惊坐起来,左右环看,这里哪里还是温暖又烫心的涓池,哪里还有什么亲吻,刚刚说要亲他的人正在门外拍着门叫他。

 

他耳朵发烫地捂着脸,无法面对自己竟然做了如此胆大妄为的梦!?他这是怎么了!?

 

昨夜的记忆顿时在脑海中闪现,呃……他好像确实闯进了师傅泡汤的温泉……然后……后面的已经不敢回忆,他的耳朵更红了。

 

“龙马?醒了吗?”门外依旧是樱乃的声音。

 

“竟然他还在睡,那你们再留一天如何。”

 

“不行,我们今天还要参加婚礼呢。”

 

“那能带上我吗?”

 

不行,那丑猴子还想跟上!?

 

“我醒了……”

 

龙马连忙答应,刚掀开被子,却发现自己身下一片濡湿,娇嫩的脸庞蹭蹭蹭地泛红,啊……他怎么可以这样。

 

樱乃在门外喊了这么久,不担心可是假的,昨天他在汤池中突然晕过去,难道现在还有后遗症?十分着急想要进去看看,“龙马,我……我进来了。”

 

“不要进来。”

 

龙马整个人埋进被窝里大声地喊着,声音惊天动地得仿佛要将房子给拆了。

门推开一条小缝。

 

听着这中气十足的声音,应该没有生病,看到他躲进被窝的身影,樱乃的手一顿,他怎么了?他怎么突然躲进被窝里?难道还有裸睡的习惯?

 

想到这里樱乃连忙拉回房门改口说,“那……那你竟然醒了,就快点出来,要不然……”要不然都赶不上婚礼的时辰。

 

“龙崎,我们别管他,我带你去吃早饭。”

 

“嗯。”樱乃只好抱着迹部离开。

 

离开洞穴,跟迹部他们道别之后,樱乃和龙马又开始踏上前往温泉街的旅程。

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